恋に酔う




「綺麗…、こんな立派な藤、なかなか見ないよ」
「ウィステリアか。おまえの名前の一部だな」

 ある春の日だった。
 世界はまだ統合されたばかりで、しいなはテセアラからシルヴァラントへの和平の使者として、またミズホの次期頭領として激務の真っ只中だった。
 今回の任務は、両国の神子を交えての親睦会である。正直な話、コレットとゼロスが今更親睦を深める必要はないのだが、お互いの世界に取っては政治的にも宗教的にも大きな意味のあることなのだ。
 テセアラの神子ゼロスを、シルヴァラントの神子コレットが待つイセリアに送り届ける護衛というのも兼務している。
 テセアラ王国騎士も20名ほど連れての旅。エクスフィアに頼らない手段ということで、今回は馬に乗っての旅だった。

「春の花、桜も綺麗だけど、あたしはやっぱり藤のほうが好きかな。名前の一部って理由もあるにはあるけど。こう、藤棚でさ、近い距離で上からうわーっと満開の花が垂れ下がってるのが何とも言えずに迫力があって綺麗なんだよね」
 やや興奮気味に藤の魅力を語るしいなに、ゼロスは口元を綻ばせた。
 二十余名分の炊き出しを行い疲れているはずの全権大使様は、片付けを騎士たちに任せて、その間に近辺の散策をしていた。ゼロスは暇潰しにとしいなについて来ただけである。
 そうして見つけた野生の藤棚に、しいなの足が止められたのだった。
「似合うな」
「え?」
「ウィステリアが、おまえに似合う」
 しいなが嬉しそうにはにかむ。
「そうかい? なんだか改まって言われると恥ずかしいね」
 旅をする前は友達以上恋人未満。旅をしているときは仲間。そして今は平和な世界を目指す同志である。
 心の距離は、ほんの少しだけ近付いた。
 ゼロスはじいっとしいなを見つめた。その熱い眼差しに見つめられたほうは目を逸らす。藤の紫に彩られたしいなは、とても綺麗だった。
「ゼロス、あんまり見つめないどくれよ」
「俺さまの勝手だろ」
 男の手が、自らのそれより華奢な腕を掴み、引き寄せようとした、が。
「神子さま、大使さま、出発の準備ができま…し…た」
 若い騎士はうろたえた。かねてより恋人同士だ婚約者だと噂されているふたりの甘い時間を邪魔してしまったと思ったからだ。
「すっ、すいません! 失礼しました!!」
 敬礼して走り去る。
「ちょっ…、誤解だよ!」
 慌てて叫んでいる隣で、ゼロスはしいなの腕を掴んだまま固まっていた。
「あんたのせいで勘違いされちゃったじゃないか!」
「いや、今のはさすがにビビった〜」
 しいなの剣幕もなんのその、ゼロスは苦笑いしているだけだった。
「ただでさえ噂が立ってるっていうのに!」
「そんなに俺さまが嫌いか?」
 嘆息するゼロスに、しいなは軽く詰まる。
「嫌いとかそんなんじゃないけど、誤解は誤解だろ」
「なら誤解じゃなくするか?」
「え…?」
 掴んだままの腕をぐっと引いて、腰に手を回し抱き寄せる。
「俺さまは構わないぜ。おまえなら、大歓迎だ」
「ちょ…、ゼロス…」
 その広い胸を押し返してはいるものの、抵抗と言うほどのものではない。髪に鼻を埋めた。
「ん〜、しいなの髪、いい匂い」
 語尾にハートマークがついていそうな口調。しいなは赤い頬で「バカ」と呟いた。
「ゼロス様、しいなさ…ま……あ」
「…あ」
 先程とは別の騎士だ。
「失礼致しました!」
「だから違うっ!」
「あだっ!」
 とりあえずゼロスを張り倒した。今のは違くないだろ、と頭のこぶを撫でた。
「もう! 準備出来たみたいだから行くよ!!」
 肩をいからせて先に行くしいなに、ゼロスはふっと息を吐いた。
「いい加減観念したら? おまえは不本意かもしんねーけど、噂はメルトキオで留まらねーんだぜ?」
 そうなのだ。ふたりが世界的に有名な人物であるだけに、噂は国境を越えて広がってしまう。つい最近など、ルインの子供たちに囃し立てられたばかりだ。
「だって…、そんなの嫌じゃないか」
「何がだよ」
「噂が立ったから…付き合うなんてさ。逆じゃないか。お互いの気持ちはお構いなしに、なんて嫌だよ」
 唇を尖らせる。歩みを進めながら、ゼロスは頭の後ろで指を組んだ。
「少なくとも、俺さまには気持ちがあるぜ?」
「え…」
 しいなが見上げる。
「言ったろ。おまえなら、大歓迎だ」
 歯を見せて笑う。しいなは拗ねるように視線を落とす。
「別に、あたしじゃなきゃダメってわけでもないみたいな言い方じゃないか」
 言い方が軽いのが許せないらしい。
「あのな…、俺さまが真面目な顔して、ずっとおまえが好きだったんだ、付き合ってくれ、なーんて言ったところで、おまえ信じるか?」
「……」
 再び唇を尖らせた。足を止める。
「…言ってよ」
「あ?」
 数歩進んでから足を止め、ゼロスは振り向いた。


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