おやすみ、と笑顔を見せるしいなを見送る。
「風呂で、しいなは何叫んでたんだ?」
「えっ?」
 聞こえてたの? とコレットは顔を赤くした。
「ゼロスがどうとか…何の話してるんだってゼロスが気にしてた」
「なんでもないよ!」
「そうなのか?」
 思いっきり挙動不審なコレットに、ロイドは訝しげな顔をしたが、やはり深くは突っ込まなかった。
 廊下を歩き始めてから、コレットはぽつりと話し掛ける。
「あのね、ロイド」
「ん?」
「ロイドはね…………自分の身体にコンプレックスってある?」
 さすがに直球は投げられず、そう聞くのが精一杯だった。
「コレットはあるのか?」
「……うん」
 赤い顔で俯いてしまった。ロイドは頭を掻く。
「俺も、ある」
 コレットが顔を上げる。
「俺さ、ドワーフの親父と暮らしてたし、イセリアの外にも出たことなかったから、気にもしたことなかったんだけどさ…」
「…なに?」
「身長」
 へへ、と鼻の下を擦る。
「だいたい見下ろされるんだよな、俺。世界中どこに行っても。リーガルまでとは言わないけど、せめてゼロスくらいは身長があったらなあって」
 初めて聞いた。
「で、言ってみたんだ。リーガルもゼロスも背が高くていいな。男らしいし、戦うときもリーチが長いから有利だろ、って」
 さっきのコレットとしいなのようだ。
「ゼロスはともかく、リーガルは渋い顔してた。背が高過ぎるのも問題なんだぞ、って」
 ますます一緒だ。
「ちょっと扉をくぐろうものなら頭はぶつけるし、ベッドから足がはみ出たりもする。体が大きいってだけで子供に泣かれたこともある。服なんかは基本的にオーダーメイドだから高くつくし時間もかかる…ってさ」
 その人にはその人の悩みがあるものだ。
「俺、リーガルが悩んでることなんて全く気付かなかったからさ…謝ったんだ。そしたらな、ジーニアスが笑ったんだ」
「どうして?」

「ボクだって背が低いけどさ、これから伸びるだろうし、ロイドだってまだまだ可能性はあるでしょ? 小さいほうが有利なことだってたくさんあるんだしさ、もし背が伸びなくても、ロイドはロイドらしくいたらいいんじゃない?」

「俺、目からウロコ、っていうのかな、感動したんだ。男らしいとかじゃなくて、俺らしくいればいいんだなって」
「…ジーニアス、すごいね」
 そういえば、リフィルも似たようなことを言っていたことを思い出す。
「だから、コレットの悩みがどんなのか知らないけど、どんなだってコレットはコレットらしくいたらいいと思うんだ」
 キラキラ輝く目で力説されると、自分の悩みなんてちっぽけに思える。コレットの口から笑みがこぼれた。
「ジーニアスに教えられちゃったね」
 ロイドも笑顔で頷く。
「…しいなに悪いことしちゃったかな。後でもう一度謝らなくちゃ」
「ケンカでもしたのか?」
「秘密。女の子だけの秘密なんだ」
「?」
 コレットは唇に人差し指を当て、スキップでもしだしそうな上機嫌さで足を踏み出した。



 しいなは足を止めた。上着を脱いだタンクトップ姿、ヘアバンドを外した赤い髪の男を見つけたからだ。
 思わず進路を変えようとしたが時既に遅し。
「逃げんな」
 僅かに苛立ったゼロスに呼び止められた。
「…髪、下ろしてるのも似合うな」
 一時苛立ちを置いて笑ったが、リアクションをする前にまた眉間にシワを寄せた。
「おまえな、風呂場で人の名前を叫ぶな。頼むから」
 聞こえていたらしい。しいなは顔を赤くして「ごめん」と謝る。そこでふとリフィルの言葉がよぎった。
「…あのさ、どう思う?」
 上目遣いに紅潮した頬。つい声が上擦ってしまう。
「な、何がだ」
「…あたし」
 再び俯いたしいなに、ゼロスは耳を赤くした。いやいや、ちゃんと順序立てて聞いてみよう。
「おまえの、何だ」
「あたしの、……体」
 ますます誤解するだけだった。ゼロスは勤めて冷静になる。風呂、しいなの叫び声、体…。
 なんとなく読めてきた。おそらくは、風呂に入っていて、コレットかリフィルあたりにコンプレックスを刺激されたのだ。そして、ゼロスがしいなの胸ないし体にどうこう意見を言うとか言ったとか、そのような会話をしたのだろう。
 しいなが自分の胸にコンプレックスを持っていることは知っていた。贅沢な悩みだと、一蹴されたりすることもあるのだろう。自分の胸を見て溜息をつくこともよくあった。自ら話題にすることは、まずない。
 それがわざわざ聞いてくる、というのだから、自信を無くしているか、自信が欲しいかのどちらかだ。
「正直にさ、あたしの体って、あんたはどう思ってるか教えてよ」
 くらくらする。今この場で押し倒してしまいたいほど欲しいものだ――とは言えるはずもない。
「それは俺さまがおまえの裸を見たことがある前提なわけ?」
「…前、シャワーしてるところ覗いてたくせに」


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