「あのね、しいなは男の人と、その…お付き合いしたこと、ある?」 思わず櫛を取り落としてしまった。 「なんだい、やぶからぼうに」 微かに頬を赤くして、しいなはコレットを見た。 本日の宿は四人部屋。旅の仲間の女子全員のみになる、ということは稀である。食事も風呂も終え、コレットは就寝までに持て余した暇をチャンスに切り出したのだ。 「だって…、私ね、天使になるまでは後悔なんてしないって思ってたんだけど、いざこうやって戻ってきて、たくさんやりたいことがあったなあって感じたの」 ベッドの上に正座したまま胸の前で両手を合わせる。目は細められ、頬には赤みが差し、口元は綻びていた。 「その中のひとつに、好きな人とお付き合いしてみたいなあっていうのがあったんだ」 「それは、恋をしたいってことかい?」 首を横に振る。 「ううん、近いけど違うの。だって、片想いでも恋はできるよね? そういうんじゃなくて、ちゃんと両想いで、恋人同士なの」 櫛を拾い、下ろした髪を軽く梳かしながら、なるほどねと呟いた。 「で、実際のところ、どうなの?」 それまで本を読んでいたリフィルが、会話に首を突っ込んで来る。いつの間にかプレセアもしいなに注目していた。 「え……」 お付き合い。しいなが最初に浮かべたのはゼロスの顔だった。しかし、付き合っていたわけではない。確かなのは、ゼロスとしいなが付き合っているという噂がメルトキオで流行っていたことだけだ。ゼロスとよく会っていた時期は確かにあるし、半ば強引に買い物に付き合わされたり、プレゼントされたりすることもあった。噂がそのときに流れたことは間違いない。しかし。 「……ないと思う」 「曖昧ね」 リフィルは容赦なく突っ込む。だって仕方がないのだ。周りからそう見られても、自分にはそんな意識はなかったのだから。 「悪かったね」 むっとするしいなにリフィルは苦笑いした。 「そうじゃなくて、ないならないでいいと思わない? 曖昧に答えた理由が知りたいのよ」 うっ、と詰まる。 「そう言われてみると、先生の言うとおりだよね」 「そうですね」 コレットとプレセアもリフィルに加勢する。しいなは自分の失言を悔いた。 「…噂になったことがあるから」 「噂?」 コレットとリフィルの異口同音。 「あくまで噂だよ。あたしが、ある男と付き合ってるって噂が流れたことがあったのさ」 へえ、とコレットが小さく答える。 「事実無根の噂に、だいぶ振り回されちまってさ。ほんっといい迷惑だったよ!」 噂や迷惑という単語を強調する。リフィルはピンと来た。 「…ゼロスね」 しいなの顔が見る見る赤くなる。プレセアは小さく「図星…ですか」と呟いた。沈黙が雄弁に正解を語る。 「言っとくけど、あくまで噂だからね! その噂のせいであたしだいぶ酷い目に遭ったんだから!!」 セレスに命を狙われたり、ゼロスの取り巻きに嫌がらせをされたり、教会関係者から「神子の婚姻は全て神託で管理されている」と圧力をかけられたり。 説明してからベッドに突っ伏した。 「落ち着きなさい」 リフィルが再び苦笑いする。 「冷静に考えたら、ゼロスと付き合っている、と噂が流れることは名誉ではないの?」 その言葉に、コレットは指を顎に当てて考える。 「そうだよね、ゼロスかっこいいもんね〜」 「ゼロスくんは、テセアラの女性の中では最も人気があると言われています」 テセアラ組代表のプレセアが付け足す。 「容姿は文句なし、家柄もいいし、権力もある。剣も使える上、頭も切れる。女好きで馴れ馴れしくておしゃべりなのは玉にきずかも知れないけれど、裏を返せばフェミニストで人当たりがよくてユーモアがあるってことよね。確かに女の子が放っておかないタイプかしら」 枕から顔を上げてしいなが反論する。 「じゃあリフィルはゼロスと付き合えるのかい」 「嫌よ」 即答。 「私とゼロスじゃあお互い腹の探り合いになっちゃうわ。どこからどこまでが本気で、どこからどこまでが冗談なのか…。それに、ゼロスは全く好みではないし」 にべもない。さすがのしいなも少しだけゼロスを気の毒に感じた。 「先生はどんな人がタイプなんですか?」 コレットが純粋な興味で聞いてみる。 「そうねえ…。差し当たり、家事が出来る人なら助かるけど」 「ゼロスくんはともかく、その条件ならジーニアスもロイドさんもリーガルさんもあてはまりそうですね」 プレセアの冷静な分析にリフィルは笑う。 「そうね。でもジーニアスはさて置き、ロイドは私にとっては可愛い生徒だから。リーガルは逆に歳が離れているから、恋人には思えないわ」 「じゃあクラトスさんは?」 コレットから出た意外な名前にリフィルが動きを止める。 「クラトス? クラトスねぇ…。確かに年齢は近いし、知識も豊富で、容姿もいいわよね」 |