ゼロしいバレンタイン2015

 一生懸命作った。どんなチョコレートが良いのか考えに考えて、何度も試行錯誤を繰り返して、納得出来るものを作った。勇気を出してロイドの家を訪ね、彼の姿を見付けたまでは良かった。
 その隣にコレットがいるのを確認するまでは。

 ――――ああ、そうだよね。

 納得せざるを得ない状況である。
 ベンチに並んで座り、楽しそうに話している。ロイドの膝の上には可愛らしい赤とピンクのプレゼントボックス。中に何が入っているかは言うまでもない。

 あたし、バカみたい。みたいじゃなくて、本当にバカだ。

 コレットのことを嫌いになれたら、なんて考えたこともない。しいなにとっては彼女も大切な仲間で、友達だった。その涙など決して見たくはない。たとえ自分が泣く羽目になろうがだ。
 ふたりに見付かってしまう前に、しいなは踵を返した。
 そのまま、逃げるようにレアバードに乗り、ミズホまで休憩もせず飛んだ。涙は出なかった。悲しすぎて、心と身体が離れてしまったようだった。
「コレットを泣かしたら、承知しないんだからね」
 ぽつりと、誰に言うわけでもなく呟く。ふっと口元に笑みが浮かんだ。

 ミズホに着いたのは夜だった。さすがにくたびれたなあ、と肩を回しながら自宅――――と言っても母屋でなく、離れである。早朝や深夜に動かなければならないときは、母屋にいるイガグリの負担にならないようにそちらで寝起きしていた――――に向かう。
「あれ?」
 明かりが点いている。しいなは首を傾げて扉を開けた。
「よっ。遅かったな」
 やたら明るい声にどっと疲れが出た。
「ゼロス…」
 頭を抱えて崩れ落ちてしまいたい。が、それはせめて靴を脱いで目の前の男の襟首を掴んで叩き出してからにしたかった。
「何しに来たのさ」
 明らかに苛立った声も想定の範囲内。ゼロスは笑って答えた。
「おまえのことだから愛しの俺さまにチョコレートを作ってくれてるんじゃないかと思って受け取りに来てやったぜ。帰りが遅いときはこっちに来るはずだからっておろち君に言われて待ってたんだよ」
 一つ一つツッコミを入れる気力もない。ひとりになりたかった。
「…そりゃご足労だったね…」
 がっくりと肩を落としながら、手持ちの荷物からチョコレートを出した。もちろんロイドに渡すつもりだったものだ。
「はいどうぞ」
 ゼロスは目を丸くした。会う予定もなく、しいなが自分に作ってくれているはずがないと解っていて言ったのだ。彼女のスケジュールを全て把握しているとは思わないが、メルトキオに来る用事もなかったはすだ。
「…何があった?」
 愚問に等しかった。しいながわざわざ出掛けてまでチョコレートを渡したい相手は、ゼロスにもひとりしか心当たりがない。
「別に、何も…」
 チョコレートを差し出した手が、声が震えた。それで、渡せなかったのではなく、渡さなかったのだと理解できた。
「あっそ」
 素っ気ない声でゼロスはチョコレートを受け取り、遠慮なく包みを開けて食べ始めた。
「ロイド君ももったいねーことしたな。こんなうまいチョコレートが食えないなんてよ」
 しいなの表情がこわばる。
「べ、別に、ロイドに作ったわけじゃ…」
「あのなあ」
 やや口調を強めてゼロスはしいなを見た。
「おまえが俺さまにこんな可愛いハート型のチョコレートなんか作るかよ?」
 呆れとも苛立ちとも取れる表情だった。ぐっと詰まったしいなにゼロスはふっと笑う。
「それとも、俺さまがそうとらえていいってことか? 違うよな?」
 応えはなかった。今にも泣きそうな顔をして、唇を強く結んでいる。
「泣きたいなら泣けばいいだろが。チョコレートは俺さまがちゃーんと全部おいしく頂いてやるからよ」
 そこでしいなが膝から崩れ落ちた。ぼろぼろと涙を流して、溜め込んでいた気持ちを吐露する。
「あ、あたしは、コレットが、泣くのなんて、見たくなくて…」
 ゼロスはただ、うん、とだけ応えてチョコレートを食べ続けた。
「ロイドと、コレットが、一緒に、いるの、見てたら、あたし、あたしが、入る余地なんて、なくて」
「…我慢したんだよな。偉いな」
 そう言って手を伸ばし、彼女の頭を撫でる。しいなはうわっと泣き出して床に突っ伏した。頭を撫でていた手を背中に移動させ、ゼロスは黙って傍でチョコレートをゆっくりと食べ進めた。

 最後のひとつを口に放り投げたゼロスを、しいなは赤いまぶたで見ていた。
「ごちそうさん。うまかったぜ」
「…うん、お粗末さま。あのさ、ありがとうね…」
 何が、とはゼロスも聞かなかった。おう、と短く答えて立ち上がる。
「さ、チョコレートも食ったし、帰るか」
 え、としいなも立ち上がった。
「帰るって…もう真夜中だよ?」
「ここに泊めてくれるのか? …ぐえっ」
 にやりと笑ったゼロスの脇腹に、しいなは無言で拳をめり込ませた。
「母屋かおろちのところに決まってるだろ」
「へいへい…」
 ちぇっと舌打ちしてゼロスはおとなしく靴を履く。
「…ねえ、あんたさ、どんなチョコレートが食べたい?」
「あ?」
「今度、作ってやるよ」
 口をあんぐりと開け、ゼロスは驚きを示した。
「…マジで?」
「今日、食べてくれたお礼だよ。またチョコだけどね」
 明るく笑うしいなにつられ、ゼロスもつい笑ってしまう。
「あー、今食ったばっかりですぐには思い付かねーよ。しばらくはいらねーから考えさせてくれよ」
「だろうね」
 それじゃあ…と顎に手を当て、ゼロスは空を見た。
「来年の今頃までにはリクエストするから、よろしくな」
 しいなは赤いまぶたをしばたたき、その言葉の意味を理解してから小さく溜息をついた。
「しょうがないねえ」
「よっしゃ! 約束だからな?」
「はいはい」
 ゼロスは破顔したままおやすみを告げて離れを出ていく。しいなはその扉をしばし見つめた。

 ――――ゼロスが来てくれて、本当に良かった。

 多分、調子に乗るだろうから、本人には絶対に言わないけれど。そうひとりごちて、捨てずに済んだチョコレートの包みを見て、微笑んだ。



‐ ‐ ‐ ‐ ‐ ‐ ‐ ‐ ‐ ‐



 ゼロしいバレンタイン2015、去年UPしてなかった分です。毎年書いていてもネタが尽きないのは愛だと思っています(`・ω・´)
 毎度毎度オチをうまくまとめられないのが悔しいです…

 スマホで画面や文字の大きさがうまくつかめずに一ページにおさめてみました…読みにくかったらごめんなさいです( ´・ω・`)

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