それは俺がまだ中学生だったときの話だ。あの頃に流行っていたと云えばその通りなのだが俺は文通というものをしていた。そして、文通相手に恋を、していた。


中学生といえば俺だって思春期というものに浮かれていたし、それなりに夢みたいな恋を描いたりもした。けれど中学生で体が出来はじめれば更に俺の怪力は成長したのも事実で、誰も俺の周りには近寄らなかった。俺も、壊すくらいなら近寄らないままでいいと思っていた。

だが諦めきれなかった。もしかしたら、もしかしたら。誰かと繋がることは怖い。けれど期待していた。そして俺はあの時に流行っていた雑誌の文通相手を募集するコーナーに手紙を送った。


手紙はすぐに来た。けれどその中身は興味本位のような内容のものばかりで俺の求めていたものとは違うと勘でわかった。所詮こんなものだ。だが一ヶ月後、忘れかけていた時に一通、真っ白い封筒でその手紙は届いた。


「甘楽」という同い年の女子からの手紙だった。不思議な名前だな、とその手紙を開く。文面は中学生らしいテンションの高い内容だったが、その真っ白な飾りの無い封筒、そして綺麗で線の細い字面という正反対のギャップに惹かれた。そして俺は甘楽、さんに手紙を送り返した。


文通は一ヶ月に一回程度のペースで続けた。一ヶ月どんなことがあったのか、それを白い便箋にのせて送る。そしてたまに自分のことも交えて。やりとりをしていてわかったことだが甘楽は優しい人だった。人間はとても素敵です、というのが甘楽の口癖だった。甘楽の世界は人間への愛で溢れていた。それが羨ましかった。俺は、この力を憎んで、この力で傷つく人間を少し、憎んでいたからだ。他にも甘楽を取り巻く環境を少しずつだが確実に知った。都内に住んでいることや双子の妹が生まれたこと、雨に降られて風邪を引いてしまったこと、テストが大変だということ、友人の変な趣味のこと。勿論俺もたくさんのことを話した。けれど、この力についてだけは切り出すことができなかった。


だがある日、俺はまたやってしまった。頭に血が上って投げた教卓は狙った相手だけでなく側を通った女子にも当たってしまったのだ。幸い怪我はかすり傷程度だったが俺はまたこの力を強く憎んだ。帰ったら書こうと思っていた甘楽への手紙には楽しい話が一切書くことが出来なかった。その代わり頭に浮かぶのはこの力のことだった。甘楽ならどう反応するのだろうか。怖がるのだろうか。もう返事はこなくなるだろうか。ただ、辛かった。誰にも理解されないこの力が。文通をはじめた理由だってこの力がきっかけだ。そして俺は意を決してこの力についてを綴った。余計な話は一切無しでただ、それだけを綴った。もう返事が無くてもいい。何故か甘楽には知って欲しいと思えた。


返事はいつもよりも早く届いた。返事が返ってきた、という事実が嬉しくもあり、怖くもあった。化け物と甘楽に言われるのが怖かった。封筒を開ける手が震えたなんてはじめてだった。返事は相変わらずの綺麗で繊細な字で四枚にわたり綴られていた。
『静雄さんは優しいですね。優しいからその力を怖いと思うんでしょう?人を傷付けるのが怖いと思うのは静雄さんがとても優しい人だからですよ。私は静雄さんのその力を怖いとは思いません。だってそれが静雄さんなんでしょう?』
すうっと心から何かが消えたのがわかった。優しい、と甘楽は言った。この力を持つ俺を優しいといった。憎くて憎くて仕方ないこの力を肯定してくれた。その日のうちに俺は返事を書いた。『甘楽のが優しい』と。この手紙から俺は甘楽への恋心を自覚した。俺は甘楽に恋をした。姿も声も知らない。けれどその優しい文章と繊細な文字が俺の甘楽だった。それで十分だった。


甘楽にも好きな相手が居ると知ったのは甘楽から持ち出した話題からだった。甘楽はたまに苦しい、といった。俺は甘楽の悩みならきいてあげたいし受け止めてあげたかったから何でも話せと言った。甘楽は片想いをしているらしかった。叶うことのない恋だと言った。願えば願うほど苦しい恋だと言った。相手には告げないのかと問えば拒絶されるのは目に見えているから嫌だと珍しく乱れた返事が返ってきた。俺は、俺なら絶対に甘楽を拒絶しないのに。顔とかそういうのは関係なく甘楽に惚れている。けれどそれを文字にすることはできなかった。甘楽の恋は切なくて、俺の恋も切なかった。


そんな恋の話をするうちに俺はとうとう我慢できずに『会いたい』と告げた。甘楽は了解してくれた。池袋の西口公園で。まるで夢みたいな話だった。甘楽に。姿などみなくても甘楽が好きだったけれど、それでも会えるのならば会いたかった。これは純粋な恋だった。お互いに特徴を話したが甘楽は私は黒髪なんでわからないかもですねーといったので俺は髪を金に染めることにした。そうすれば向こうが俺を見つけ出してくれるだろう。あとは待ち合わせ時間とだいたいの服装を教えた。遠足並みに、いやそれ以上にそわそわして眠ることが出来なかった。会ったら最初になんて言おうか。どんな声なんだろうか。気にしないとは言ったが想像くらいはする。甘楽はあの字のように細くて繊細、つまり華奢な女子なんだろうなと想像していた。楽しみだった。


そして案の定寝過ごした。慌てて髪を、金髪にしたためふわふわと跳ねる髪を撫で付けて急いで公園へと向かう。待ち合わせ時刻ぴったりになりそうだ。全速力で走っているとやけに五月蝿い声が聞こえた。耳障りだ。「ああん?だから金出せばすぐ開放してやるっつってんだろーがよぉ?あ?」カツアゲだ。うぜえ。「ンだその目は!ボコされてえのか!」ああ、うぜえ。ちらりと睨めば五人程のイイ歳こいた不良が中学生らしき男を囲んでいた。公園は目の前だ。俺は急いでいる。苛々したが無視をして通り過ぎようとした。五人の中の一人が中学生の胸倉を掴んで持ち上げた。そいつの髪は金髪だった。「おい、このガキ!殺されたべぶふぅ!!」「うぜえんだよ、あ?金髪でンなことやりやがって勘違いされたらどうすんだ手前、そうしたら責任とってくれるんだよなぁ?俺に殺されても文句はねぇよなぁ?おい、きいてんのかよ」


やっちまった。また血が上って看板を投げちまった。腰を抜かした不良どもは俺の顔を見てひく、と口をひきつらせた。金髪で一瞬わからなかったらしい。だが慌てたようにノびている仲間を引きずりながら路地裏に消えていった。



「おい、手前」
「・・・・・・」

カツアゲされていたヤツは男にしては異常に細くて白くて女みたいに綺麗な顔をしていた。だがそんなことよりもやけに強い赤茶の瞳に見つめられて俺は動けなくなった。それは一種の、不思議な感覚だった。ふい、と顔を背けソイツが走り去るまで俺は動くことができなかった。なんだこれ。

はあと溜め息を吐き出して気付く。俺は待ち合わせをしていたんだと。


だが薄々わかってはいた。甘楽はもう、俺に声をかけることはないと。ざわめく喧騒と野次馬。投げられてひしゃげた看板。当たり前だが金髪で怪力なんていったら俺だとどんな馬鹿だって気付くだろう。公園にだってこの騒ぎはきこえていただろうから甘楽は見ただろう。だが俺は待ち合わせの噴水の前で三時間待った。甘楽は、来なかった。手紙ももう来ることはなかった。だがどうでもよかった。この力はやはり憎いものだ。近くに大切なものがあればきっと壊してしまう力だ。甘楽まで、壊すことはない。これで、良かったんだ。




こうして俺の恋は終わった。もう会うことはないとわかっている。わかっているが俺は惰性のように髪を金に染める。もしかしたら、もしかしたらいつか俺を見つけてくれるんじゃないか、そう思ってしまうのだ。







「って静雄に言われたんだけど、それ君だろ?」
「さあ?どうだろうね?」
「いやいやいや、甘楽って君のハンドルネームじゃないか。そのふざけた趣味は中学時代からだったとは正につける薬もない、とはこのことだね」
「やだなあ新羅。俺があの化け物に優しいなんて言うと思うかい?ああ、シズちゃんの話なんてされたからちょっかい出したくなってきた」
「君たちは本当に…」
「じゃあね新羅!」



ふんふん、と鼻歌を歌いながら新羅のマンションを出た。














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