エースに重なる影


大地が連れてきたマネージャー候補の女の子。スパイクを打ちたいと言ったらしいその子は、身体の線も細くて、タッパも女子の平均値という感じで、とても向こう側のコートにボールを打ち込めるような感じには見えなかった。

初心者から見ればスパイカーは花形だ。実際決まるとかっこいいし。
きっとテレビとかでバレーの試合を見て、打ってみたいと思ったんだろう。

「肩の力抜いて気楽にいくべー」

コートに立った彼女は何処か虚ろげで、緊張しているのだろうと軽く声を掛けた。それと同時に鳴った試合開始のホイッスルに気を引き締める。

初心者の女の子でも打ちやすいトスを。

影山が打ったサーブを、大地が綺麗に上げる。名字さんの位置を確認し、打ちやすいトスを、と何度も心の中で反芻した。

そして、俺の手がボールに触れる瞬間、ピリッとした肌を刺すような緊張が走る。

「あ、」

まずい、と思った時にはボールは既に俺の手を離れていた。その緊張感が余りにもアイツに似ていたから。小さな影に、思わず彼を重ねてしまった。

──ネットから少し離した、高めのトス。

この二年間、一番多く上げてきたそれは、いつも以上に綺麗に上がった。けれど打つのはアイツではなく、初心者の名字さんだ。彼女にとっては酷く打ちにくいボールだろう。

謝罪の言葉を幾つも頭の中に羅列しながら、彼女に視線を送った。

バシンッという独特の音を立てて、ボールが床に吸い込まれる。その一瞬が途轍もなく長く感じられた。

初心者の筈の彼女は、高く飛び弓なりに身体をしならせて俺が上げたトスを絶妙のタイミングと角度で叩く。長く伸びた艶やかな髪が邪魔をしてその表情をきちんと見ることは叶わなかったが、確かに彼女は笑っていた。

名字さんが着地して、ボールが数回バウンドしても誰一人として口を開く者はいない。皆呆然と彼女を眺めていた。ただ一人を除いて。

「すっ、すげええええ!!」

体育館に反響する程の大声を上げたのは日向だ。その声に、その場にいた全員が意識を引き戻される。日向は既に名字さんのところに駆け寄っていて、俺は未だに声を掛けられずにいた。

「マグレだよ、マグレ!
ナイストスでした、菅原さん!」

騒ぎ続ける日向に大きな動作で答えながら、名字さんが笑う。

「名字さーん!親御さんがお待ちだよ!」

そして俺が口を開こうとした瞬間に、場違いな大声が響く。体育館の入り口で手招きをしているのは、バレー部の顧問である武田先生だ。

「すぐ行きます!
皆さんワガママに付き合って頂いてありがとうございました!また、明日改めて伺います!」

失礼しました!と矢継ぎ早に言い放って、彼女は武田先生の背を追って駆けていく。結局一言も声を掛けられぬまま、彼女は去ってしまった。

やり場のない感情を燻らせたまま大地に視線を投げれば、同じように複雑そうな瞳と目が合う。

緊張感だけじゃない。フォームまでもよく見知ったそれだった。あのトスは、彼女に引っ張られて上げさせられたようなものだ。

「似てるなんてもんじゃねえぞ、アレ」

大地が独りでに呟いた言葉は誰にも拾われることなく、空を舞った。



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