飴玉2つ落っこちた!1



ネズミが初めてぼくを抱いた日、夜から雨が降り出した。


かすかな布ずれの音と、雨の音を聞いて、ぼくはゆるやかに覚醒した。
熱い。痛い。寒い。
それが最初にとらえた感覚。

「……こ、こは……?」
(あれ、ぼく声がガラガラだ……どうして)


「紫苑?」
視線を少し横にずらすと、心配そうにぼくを見つめるネズミがいた。
「ネ、ズ……ミ?」
「声掠れてる。あんなに声出せば当然か」
「こえ……あっ」

そこで一気に数時間ほど前の記憶が甦る。
(そうだ、ぼくは、ネズミの部屋で……)
改めてそう思うと、顔に熱が集まっていく。ぼくはネズミに翻弄されてとんでもなく恥ずかしいことを言ったり、したりした気がする。
(ぼくは何回達した? 挿入前に1回、挿入後に1回、2回、3回……)
そこまで数えてぼくは思考を停止した。


頭の中をかけ巡る情事中のネズミの息遣い、頬を滑る汗、長い髪を掻き揚げる仕草、ぼくを見る灰色の双眸……思い出すだけで体の奥底が反応しそうになる。
ネズミに翻弄されるばかりで、途中からあられもなく声を出し「もっと、もっと」と強請ってしまった気がする。


「紫苑、ちょっと起き上がれるか」
ネズミが心配そうな表情のまま、ぼくを見る。
「え……うん……いたっ!」
腰に痛みを感じ、再びベッドへ沈む。頭はガンガンするし、力がうまく入らない。
「あんた熱出てる。ちょっと体拭くぞ」
ベッドのそばのガラステーブルには、湯をはった洗面器。ネズミは手際よくタオルをそれに浸し、絞る。
次いでぼくの腰とベッドの間に腕を突っ込み、ぼくの身体をそっと抱き起こした。
「あつい……」
ネズミの胸に体重を預けていないと、上体を起こしたままの姿勢でいられない。
ぼくは全裸にも関わらず、全身が汗びっしょりだった。
「紫苑、右手あげて」
「……ふっ、くすぐったい」
ネズミはぼくを支えながらも、器用に身体をタオルで清めてくれる。さすがに脇の下を拭われた時はくすぐったさに身じろぎした。
「じっとして」
「なんか頭痛いや」
「熱あるって言っただろう」
そう言って彼は、ぼくの身体をゆっくりベッドへ沈める。上半身は彼に清めてもらった。次は……
「あ、ネズミありがとう。下は自分でできるから……」
「なんで? まだ恥ずかしがってるわけ?」
ネズミはまたニヤリと悪巧みをしているような笑みを浮かべた。端正な顔はどんな表情でも様になる。
「そ、そうじゃないってば」
「はいはい」
そう言いつつ、ネズミはぼくの下半身を覆っていた掛布団を勢いよく取り去った。
「あっ」
「昨日全部見たって言っただろう」
蛍光灯が照らす中、ネズミに上から全身を見られている。羞恥に顔をそむけつつ、もう彼の好きなようにさせることにした。

「やっとおとなしくなった」
口元に笑みを浮かべながらも、ネズミは下半身もてきぱきとタオルで清めていく。
股間までタオルで撫でられた時はさすがに息をのんだ。ほかの箇所より念入りに拭われた感じがするのは、きっと気のせいではない。
「あんたの蛇、こうやって全身を這っているんだな」
ネズミはぼくの太ももを横に倒して、股間を凝視している。
身体がだるいのと、腰の痛みと、頭の痛みと、その他もろもろの理由で、ぼくは彼にされるがままになっていた。

「ぼくだって自分の痣がどうなっているのか把握してないよ」
「今度教えてやるよ」
「遠慮する」
「……この辺の痣って誰も見たことがないの?」
そう問いつつ、ネズミはそっとぼくの睾丸のあたりをつぅっと撫でた。
「んっ……きみ以外とセックスしたことないからね、きみ以外知らないと思うよ」
「ふぅん」
満足そうに笑うと、ネズミはぼくにゆったりとした部屋着を着せた。
「……また、するんじゃないかってちょっと身構えた」
幼い子どものように服を着せられながら、呟く。
「なに、期待していた? それは悪かったな、でも病人を抱く趣味はない」


着替え終わると、また掛布団がぼくのうえに戻ってきた。
「……いま、なんじ?」
「午前2時8分」
「えっ!? ……うっ」
あまりの時間経過に驚き、ぼくは思わず身体を起こす。次いで痛みに呻くこととなった。
「あんたの母さんには連絡入れておいたぞ。あんたの携帯からメールで」
「ぼくの携帯を勝手に!?」
「仕方ないだろう。じゃないとあんたのママ、心配して警察にお電話するんじゃないの」
「うう……うん」
無理やり納得せざるをえない。
「友達の家に泊まるって送った。さすがに男とセックスしてるなんて送れないからな」
「笑えないぞ、それ」


ネズミもぼくの隣に寝転ぶ。艶やかな黒髪が真っ白なシーツに散らばる。
男2人で寝るベッドはさすがに狭いが、何故だかこの状態が当然のように心が落ち着く。
「でもあんたの幼馴染はなかなか手強い。着信が10件、メールが3通届いているぞ」
「沙布から? 大変だ、返信しないと」
「いいから寝てろよ、あんた。病人だろう」
ネズミはまた起き上がろうとしたぼくの手を引っ張り、ベッドに沈み込ませた。手をひいいた瞬間に絡んだ手は、まだ繋いだまま。
このままずっと繋いでいたくて、思わずぎゅっと握る。予想外にぎゅっと握り返された。
それだけでも心が満ち足りた。
ネズミの手、今は温かい。

「……なんでだろう、なんか懐かしい」
「懐かしい?」
「うん……前にもこうやって……手をつないで、きみと一緒に寝た気がする……変だよね」
同意を求めて彼の横顔を伺うと、ネズミはぼんやりと天井を見たまま何の反応も示さない。
その両の目は何も映していないガラス玉のようだった。
「ネズミ?」
「寝ろよ、紫苑。熱が上がる」
「うん……」
ネズミに背中をポンポンと叩かれ、眠る体勢に入る。
幼子をあやすような手つきにひどく安心して、繋がれた手も振りほどかれないことに安堵していた。



遠くできみの歌声を聞いた気がする。
あれは子守唄だろうか。




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