銀河へ逃避行2



「ネズミ、何処へ行くのっ?」
紫苑が息を弾ませて、尋ねた。声はできる限り落としているらしいが、それでもどこか楽しそうに弾んだ声音だ。
ネズミは後ろを振り返り、静かに、と唇に人差し指を当てた。
「黙って着いて来な」
これでも紫苑の足に合わせて、走る速度を落としている。



タッタッタッ、タタッタタッタタッ、タッタッタッ

闇夜に、二人分の足音が木霊する。
優等生の紫苑は、きっと夜中に寮を抜け出すことなんて初めてだろう。
走る音に紛れて、二人分の呼吸音。流れて消える真っ白な息。
誰かと共にこんな夜中の街中を走るなんて、倒錯的な光景だ。まるで、何かから逃げるように走っている。


後ろをちらり、と窺うとすっかり紫苑の頬は興奮のせいか、上気していた。一心不乱に着いてくるさまはまるで子どもだ。
「おいで、紫苑」
そう言って、手を引いてやる。引く、と言うよりは掴んで走る、と言った方が正しい。
自然と、手をつなぐ形になる。男二人で手を繋いで走るなんて気味が悪いけれど、握り返された手は離し難かった。



「はっ、はぁ、はぁ……ネズミ、走るの早いね……」
「あんたとは鍛え方が違うのさ」
やっと目的地である、町外れの開けた小高い丘へと着いた。
草地を踏みしめて、紫苑は荒い呼吸を整えることに必死だった。ネズミは少し息を乱した程度で、紫苑の様子を見守っている。
先ほど着込んだコートは、ネズミも紫苑も煩わしいくらい熱い。
「それで? ここに何があるの?」
紫苑の呼吸が落ち着くのを見計らい、ネズミは手招きをした。
「こっち」
小高い丘からは、紫苑たちが住む街並と満天の星空を一望することができた。
「う、わぁ……!」
紫苑は感嘆の声を漏らした。

月明かりに、紫苑のシルエットが浮かび上がる。明るい月のせいで、紫苑が間抜けな顔をして、口をぽかんと開けて惚けている姿がまる見えだった。
「す、すごい……」
興奮しきった顔で、仕切りにネズミの服の裾を引っ張った。この街で一番、星に近くて美しく見える場所はここしかない。
別に紫苑のため……という訳ではないが、この場所は知っておいて損はない。ネズミにとってもお気に入りの場所だった。
誰かにこの場所を教えたことはなかった。教えたのは紫苑が初めてだ。
紫苑が喜ぶ顔を見て、満足しているネズミは自分自身の感情に気づいていない。結局のところ、紫苑を喜ばせてやりたかったのだ。


「ネズミ、すごい! ありがとう! とても綺麗だ」
紫苑の瞳はきらきらと輝いている。
冬の星空は空気が澄んでいて、夏場よりも星が美しくはっきり見える。冬の星座の方が、ネズミは好きだった。


「紫苑?」
紫苑は泣いていた。星空を見上げながら、ぽろぽろと涙の粒が溢れていた。
「ネズミ、ぼく泣いてるみたい」
「間違いなく泣いてるよ」
吃驚したような顔で、紫苑はネズミの顔を見た。その間も涙は紫苑の意思とは無関係に、頬を流れていく。
「たぶん、ぼく、嬉しいんじゃないかな」
どこか他人事のように、紫苑は呟いた。その姿を見ていられず、やや乱暴気味に紫苑の目元を自分のコートの裾で拭ってやった。
「痛いよ」
「泣くなよ、あんた女の子か」
「男だよ」
「知ってるよ」
こんなやり取りが、何やら面白おかしくて二人で笑い転げた。柔らかな草の上に、二人して並んで寝転ぶ。
服が汚れるとか、そんな興醒めするようなことは考えなかった。白い息はふわり、ふわりと浮かんでは消えていく。



「……ネズミ、ありがとう」
満天の夜空を仰ぎながら、紫苑がぽつりと呟いた。
「何がだよ」
「なんだかいっぱい、ありがとう」
「変な奴だな」
「そう言って傍にいてくれる人、今までいなかったよ」
「ふぅん」
紫苑の指先が、そろりと近寄ってネズミの指先に触れた。二人共、目線は星空を見つめたままだ。
紫苑は指先をそれ以上絡めてこようとはしない。そんな素振りがまどろっこしくなって、強く紫苑の手を握り返した。
ネズミの横顔を振り返る気配がする。泣き出しそうな、笑い出しそうな顔で、こちらを見ている。

「ネズミの手、冷たい」
「あんたの手もな」
紫苑は手をつないだまま腹ばいになって、寝転ぶネズミに近づく。星空を見つめるネズミの顔を覗き込んだ。
なんだよ、と言う前に紫苑の唇が降ってきた。
ちゅっ、と音がしそうな可愛らしいキスを唇に。

紫苑の唇は冷たくて、柔らかかった。精一杯、動じていないふりをする。
彼の拙いキスに、少しも不快だと思わない自分を受け入れた。むしろ喜びさえ感じていた。
「……何?」
「分からない。もう一度キスしてみていい?」
なんの実験台になっているのかは知らないが、まあ好都合だ。
「どうぞ」
再び、紫苑の唇がゆっくり近づいてくる。先ほどより長く、唇が触れ合う。けれどもそれは、キスというより触れ合わせるだけという感じに近かった。
「……あんた、キス知らないだろう」
「よく分からない」
「今度、教えてやるよ」
「なるべく近い内がいいな」
紫苑は少し悪戯っぽく笑った。贅沢者、と紫苑の頭を軽く小突いてやった。


「きみみたいな綺麗な人が、隣にいるなんて夢みたい」
「そう。覚めないといいな」
「うん、本当に」
「なんだ、残念。目覚めのキスでもしてやろうかと思ったのに」
「えっ」
そうしてまた、草むらに寝転んでくすくすと笑いあった。手は優しく繋いだまま。
二人で夜空の星屑を眺めながら。





紫苑というやつは少々変わっていて、いつまでも夜空を飽きることなく見つめている。




END






Thank you for music!! ♪銀河/フジファブリック





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