好きなひとの好きなひと


私はどうにも、この男が気にくわなかった。

女と見間違えるほどの美しさ。長い髪を1つに束ねていても分かる、その髪の艶やかさ。
老若男女問わず虜にして、魂をさらうかのような歌声。
敵とみなせば、容赦のない仕打ち、発言。

それがネズミという男だった。

その男はすべてを持っていながら、私の一番大事なものを横から掻っ攫ってしまったのだ。
長い間大事にしていた想いは、ネズミに粉々に砕かれたと言っていい。

「……何かおれの顔についてる? 沙布」
美しい声で、目の前の彼は問う。
「……あなた何なの、その格好は」
私はネズミの質問に答えず、彼の端正な顔をねめつけた。次いで上から下まで視線を動かす。
「似合っているだろう」
そうして妖艶に笑ってみせた。私よりもかなり背が高い。自然と私は彼を見上げる形になる。
「そういう問題じゃなくて……なんであなた女子制服なんて着ているの?ウィッグもつけたままじゃない」
ネズミはれっきとした男だ。だが、彼は演劇部で活躍する「イヴ」という通り名よろしく、女装が大変似合う男であった。皮肉なほどに。
それが今、私と同じ女子の制服を身に着けている。
今朝も演劇部の朝練に出たのだろう。でなければクラスも違う、教室の棟も違うネズミに朝から廊下で出くわしたりはしない。
ちなみに私は生徒会の仕事があって、早めに登校したのだ。本当であれば紫苑と一緒に登校したかった。
それは目の前の男も同じなはず。

「なくした」
「は?」
「なくしたんだ、制服」
ネズミはポーカーフェイスを崩さず、私の問いに答えた。
ウィッグが窓から差し込む朝日に反射している。どこか現実的ではないものを見ている気分になる。
「どうやったら制服なんてなくすのよ」
「さぁ? 朝練から戻ってきたら、ロッカーから消えていたんだ。代わりにこの制服があったから着てみた」
「……みっともないわね」
もちろん、ネズミに対して言ったのではない。
ネズミの制服を隠した奴らの行為がみっともない、と思った。
良くも悪くも、ネズミは目立つ。おそらくネズミをよく思わない奴らが、腹いせに制服を隠して女子の制服を彼のロッカーに入れたのであろう。侮蔑の意味を込めて。
部外者の私でも簡単に予想はついた。
「男の嫉妬は見苦しい。せっかく大事にしていた制服だったのに」
ネズミはそう言うとスカートを翻して、私の横を通り過ぎて行った。
どうやら隠した奴らの目星はだいたいついているらしかった。しかしその表情から、感情を読み取ることはできない。
ウィッグのロングヘアーをけだるげに流すさまは、女性そのもの。嫌になるくらい、彼は美しかった。

美しくて、気高くて、強い、彼は私の『恋敵』だった。
朝の挨拶もせず、私たちは反対方向に歩きだす。


「どうしたのネズミ」
お昼休み、紫苑が口をぽかんと開けてネズミをまじまじ見る。
私と紫苑、ネズミ、イヌカシはいつも一緒に昼食をとっている。
私と紫苑は同じクラスで中央棟の教室、ネズミとイヌカシが同じクラスで西棟の教室。移動教室は何回かあったが、紫苑はお昼休みになるまでネズミに会っていなかったらしい。
女装したネズミを見て、紫苑が何やら慌てている。そんな紫苑の様子を見ながら、イヌカシが大笑いしていた。
「別になんでもない」
ネズミは肩をすくめて言った。私が見ている限り、ネズミは紫苑に嘘をつくことはなかった。けれど、真実をすべて話す訳でもなかった。
「でも」
「イヌカシ! いつまで笑っている!」
紫苑の言葉を遮るように、ネズミがイヌカシを振り返った。
「わるい、わるい。いやあ天下のイヴ様のそんな姿を拝めるなんて」
イヌカシの目には笑い過ぎて涙が浮かんでいた。
「……紫苑、座りましょう。はやく食べないと、次は羅史先生の授業だから遅刻したら罰を受けるわよ」
私は不安げなままの紫苑に座るよう、促す。私たちの昼食場所はたいてい日の当たる中庭か、屋上だった。
「そうだね」
紫苑はにこりと笑って、私の隣に腰を下ろす。
たったそれだけで、私の心臓は高鳴った。

紫苑の声も笑顔も大好きだった。それは振られた今でも変わらない。
紫苑は私を親友としか思っていない。恋愛対象として見られることはなかった。
紫苑が恋愛対象として見ているのはネズミだった。
見れば分かる。私はずっと紫苑だけを見つめてきたのだから。
紫苑は長年一緒だった私の前では見せない表情を、ネズミの前では見せた。
反対にネズミもまた、普段のポーカーフェイスはどこ吹く風といった具合に紫苑の前では表情豊かだった。
二人がどんな関係なのかは知らない。
恋人同士なのか、それとも違うのか。ただひとつ言えることは二人の間に割って入ることはできないということ。

「なぁ、この辺に怪しい業者がうろついてるって」
イヌカシが紫苑のお母さまの作ったマフィンを頬張りながら喋る。
「「怪しい業者?」」
私と紫苑の声が重なった。
「制服マニアに売るんだ」
「なにそれ?変質者?」
私が眉をひそめると、イヌカシはちっちっちっと人差し指を左右に振った。
「違うんだな、これが。制服を売って金にする業者さ。紫苑、沙布、気を付けた方がいいぜ? お前さんたちのクロノスクラス専用の制服は高く売れる」
私と紫苑の制服はクロノスクラスで、制服の色が普通クラスの子たちと違う。ネクタイ・リボンだけが共通の色だった。
「気を付けるってどう気を付けるんだ? 身に着けているのに」
紫苑が小首をかしげた。
「ばか! そんなの身ぐるみ剥いじまうに決まってんだろ! 隣町の高校でも下校途中、不審な車に連れ込まれたんだと」
不審な車に連れ込まれてしまった生徒がどうなったのかは聞けなかった。思わず身震いする。
「紫苑、帰る時は本当に気を付けてね」
「沙布、おまえさんもだよ……」
イヌカシが呆れたようにため息をついた。



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