冷たい風が吹く、秋の終わり。寒さがこれから強くなる季節ではあるが、街は寒さを吹き飛ばすような賑やかさがあった。
 その中を、一人の青年が石畳の上を歩いていく。短い金の髪に、緑色の目。そしてこの国の軍の所属をあらわす軍服に身を包み剣を帯びている。それなりにととのった顔をしてるのだが、街を見る鋭い目つきが台無しにしている。そのためか、青年の周りだけは街の賑やかさと打って変わって重苦しい。彼を見る街の人たちの目も、どこか厳しかった。
 青年――エルヴィンは、この国、メニュレイの軍に所属している。メニュレイの軍は、最高指揮官を国王とする他国と違い、元帥が最高指揮官として軍を指揮している。そのため、王が国民の意思に反する行動をとったとき、軍が王に手を出すこともあるのだ。
 また、エルヴィンはメニュレイ軍の第三部隊隊長である。この第三部隊は、法を犯す者を特に嫌い犯罪者には容赦がない。特に隊長は。それ故に、街の人々は第三部隊の者が見えると萎縮するのだ。自分たちが彼らと同じ目に合わないようにと。
 わざわざ隊長が来るとはどういうことかと街の人たちは密やかに話し合う。第三部隊を厭うものが多いため、エルヴィンに向けられる目は冷たいものが多い。しかしそれをものともせず、エルヴィンは街を見回っていた。
 ふとそのとき。街の外れに目を向けたエルヴィンは、一人の少女が倒れているのを見つける。長い薄茶の髪は乱れており、身に着けているものぼろぼろだ。もとはそれなりのものだったのだろう、しかし今は見る影もない。
 元は貴族の浮浪児だろうか。見た限りでは、普通の子供とどこか違う。何か身元がわかるものがないかとエルヴィンは辺りを見る。しかし、見える場所には何もなかった。
 この少女に何か不吉なものを感じる。なんとなく嫌なものを感じながら、エルヴィンはこの少女をどうしようかと考える。ひとまず、軍の本部へと連れて行こうか。そう考え、少女を起こそうと声をかける。しかし、何度呼びかけても少女は起きる気配がない。仕方なく、エルヴィンは少女を抱えて本部へと行くことにした。

 少女を抱えながら本部へ辿り着いたエルヴィンは、上司に報告すべく奥へと進んでいく。途中、同僚らが驚いたように振り返っていたが、エルヴィンは気にせず先に進んだ。そしてある扉の前で立ち止まると、軽く身だしなみを整えてノックをした。
 すぐにどうぞ、という声が聞こえる。それと同時に、エルヴィンは遠慮など感じられない様子で部屋の扉を開けた。失礼します、と動作とは正反対に丁寧に言うと、エルヴィンはこの部屋の主を見る。少しくすんだ金の髪に、眼鏡に隠された青の瞳。服はエルヴィンが着ている動きやすい軍服とは違い、装飾が施されている。それは、彼が軍の中で上のほうだということを意味していた。
 この部屋の主、シルヴェスター・ハトソン。メニュレイ国軍の元帥である。
 部屋に入ったエルヴィンをちらりともせず、彼は書類整理に追われている。忙しいのだろう。しかし、エルヴィンがいきなり入ってきたことを咎める様子はない。
 エルヴィンは抱えていた少女を見る。やはり、目を覚ます気配を感じられない。一度小さくため息を吐くと、彼は目の前にいる人物に目を向ける。そして、何か言おうとしたときに目の前にいる人物が声をかけてきた。
「君が仕事途中にここへ来るとは、随分と珍しいことだな」
 その声はどこか嬉しそうなものだったが、言われた本人は罰が悪そうな顔をする。しかしすぐに表情を戻すと、上司である目の前の人物に言った。
「先程、この少女が倒れていたのを発見したのです。身元がわからず、目も覚まさないので、一度こちらに連れてきました」
 いかがいたしましょうか、と告げたエルヴィンに対し、上司は少し考えるそぶりを見せる。エルヴィンは、未だ目を覚まさない少女を見る。その目は、早くこの少女をどうにかしたいというものだった。
 しかし、上司はエルヴィンが予想だにしないものを告げる。それは、エルヴィンが一番避けたかったものだった……。

 目の前で眠り続ける少女を見て、エルヴィンは先程の上司の言葉を思い出す。いくら上司命令とはいえ、身元がわからない人物の世話をするのは気分がのらなかった。一向に目を覚まさない少女を見て、もういっそこのまま目を覚まさないでくれとさえ祈るほどだった。
 今エルヴィンがいる場所は、軍に所属する者が暮らす寮の自分の部屋である。隊長を務めるエルヴィンは、それなりの広さがある部屋に一人で住んでいる。階級によっては二人、あるいは四人、またはそれ以上の人数で部屋を共にする。本来なら、エルヴィンくらいの歳でも相部屋をしているだろう。しかし、エルヴィンは若いながらもそれなりの実績を得ており、他の同僚とは一線を画していた。
 椅子に座りながらじっと少女を見続けていると、ずっと眠っていた少女の目が開く。今まで起きなかった少女が、いきなり目を覚ました。どうしたものかと今日で何度目かわからないため息を吐くと、エルヴィンは少女に向かって目が覚めたのかと尋ねた。
 いきなりのことで驚いたのか、少女は尋ねてきたエルヴィンのほうを見る。まだぼんやりとした目は、夢うつつみたいであった。
「目が覚めたのか」
 再びエルヴィンは問いかけると、少女はゆっくりとした動作でエルヴィンのほうを見て頷く。そして、少女はお腹がすいた、と言った。
 一瞬何を言ったのかわからなかったが、エルヴィンはすぐに理解する。この状態でそれを言うか、と呆れながらに思った。ここがどこか、そして今自分がどのような状態かわかっているのだろうか。
 再び少女はお腹が空いたと呟いたので、エルヴィンは仕方なく動く。すぐに持ってくると言うと、少女は期待した目でエルヴィンを見た。呆れた表情で少女を見返すが、少女の期待した目が変わることはない。なんともいえない気持ちを抱きながら、エルヴィンは部屋を出る。はやくこの状態から脱したいと思いながら。

 厨房へ行くために、エルヴィンは廊下をただひたすらに歩いていた。考えることは、これからあの少女をどうしようかというこだ。しかし、いくら考えても何も思い浮かばず、厨房で適当に料理をたのみ部屋へ戻ろうとしたそのときだった。
 誰かが、エルヴィンのほうへと近づいてくる。彼は自分にも他人にも厳しい性格であり、人と慣れ合うつもりはないと言い切っているため、近づく人はほとんどいない。しかし、近づいてくる人物はエルヴィンの名前を呼んでいる。そのため人違いではない。訝しく思いながら近づいてくる人物を見ると、エルヴィンと同じ軍服に身を包んだ彼より背が高い青年がそこにはいた。
「よう、エルヴィン。お前、かわいい女の子を拾ったんだって?」
 開口一番に言ってきた人物に、エルヴィンは面倒なやつに出会ったと心の中で呟く。そして、溜め息交じりに答えた。
「ライナルトか。別にそんなものではない」
 はやくどこかへ行ってくれとエルヴィンは心の中で思う。しかし、その答えでは満足できなかったのか、ライナルトと呼ばれた青年は更にエルヴィンに詰め寄った。
「だが、ボスが言うにはかなりの美少女をエルヴィンが見繕ってきたって……」
「人聞きが悪いことを言うな」
 見繕うという言葉に、不愉快さを感じながら声を出す。不機嫌を隠そうともしないエルヴィンに対し、しかしライナルトは楽しそうに笑っていた。
「照れることもないのに。それも、例の彼女に持っていくやつなのか?」
 面白いとでも言うように、エルヴィンが持っている食事を見てライナルトが聞く。エルヴィンはうんざりしたような顔で、ご想像にお任せするとだけ返した。
 それでも諦めずまた何か聞いてくるのだろうとエルヴィンは思ったが、ライナルトはわかった、としか言わなかった。いやに潔いと思ったが、しかし、それに対し何か嫌な予感を覚える。身構えて足を一歩退こうとしたが、ライナルトは素早い動きでエルヴィンの頭を乱暴に撫でた。食事も持っているため、いきなり何をするのかと抗議しようとする。しかし、ライナルトはすぐに離れたため、彼に非難の目を向けるだけに終わった。
「じゃあ、彼女と仲良くやれよ」
 楽しそうに去って行くライナルトに、エルヴィンはうるさい、と吐き捨てる。そして、気恥ずかしさを誰かに見られないようにと急いで部屋へと戻った。



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