わたしの家は過保護だった。
常にわたしは誰かの世話になり、家事手伝いなど、一切手を着けたことがなかった。
そんなわたしが、家族の反対を押し切って家を出たのはつい最近。
そうして、わたしの住んでいた環境の異常に、気づくこととなる。

いつも水の中を覗くと、知らない女が映っていた。
わたしではない、見知らぬ女。
わたしではない、醜い女。
ゆらゆらと歪む水面下で、ゆらゆらとその女が歪んでいた。
いつからか、と言われたなら、それは多分、わたしが一人暮らしを始めてからだ。
バスタブの中、洗面器の中、洗った食器に溜まった水の中、水溜まりの中、水という水の中に、常にその女はいた。


「誰なの」


恐怖がピークに達した今、思わずわたしは問い掛けていた。
現在その女は、最近取り付けた水が滴るバスルームの鏡の中で歪んでいる。
わたしと同じように、恐怖に捕われているような表情を浮かべて。


「ねえ、誰なの、誰なのよあんた!」


思い切り拳を叩きつけたなら、がしゃんと派手な音を立てて鏡が割れた。
飛び散った破片が、わたしの頬に赤い筋を作った。
鏡の中の醜い女も、同じように赤い筋を作った。
醜い女。
あまりにも醜く、見ていて嫌気がさすほどの女。


「……まさか、」


わたしは今まで、一切の家事手伝いに手を着けたことがなかった。
家族は過保護で、常に誰かが何かを話し掛けてきていたし、部屋には鏡がなかった。
あったとしても、見る余裕が果たしてあったかどうか。
まさか、と顔を上げたなら、水が滴る鏡の中で、見知らぬ女も、同じ表情をしていた。





_20090322

in the water, in the mirror



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© 楽観的木曜日の女