「仙道さん、彼女いるらしいよ」


「えー!?私狙ってたのにショックー!」


「しかも総務の高木さんだって!」


「そうなんだ!?まぁ、高木さんって凄い可愛いもんね」





「仕方ないかぁ」なんて、昼休みが終わりかけの時間、トイレの個室で用を足してた私の耳に社内の誰かの声が聞こえた。聞こえた瞬間に、何故だか私の瞳と全身が心臓になったみたいにどくどくと揺れていく。高木さん、と呼ばれた彼女は社内でも人気のある可愛らしい女性で、私とは見た目も中身も正反対。例えるなら牧さんの彼女みたいに、素直そうで、男だったら誰でも守りたくなる様なタイプの子だった。なんだ...仙道さんも、そういう子が好みだったんだ。なんて事を考えていたら「でも仙道さんって田中さんとよく一緒に居ない?」と、自分の名前が出てきたことにドキッとしたのも束の間で「あー、でもあれは本当に先輩と後輩って感じじゃない?田中さんって綺麗だけど、男いなくてもやっていけそうだし」なんて聞こえた言葉に、何故だか私の胸がちくりといたんだ。そんな事、自分が1番わかってる。私は気が強くて、可愛げもなくて、素直じゃなくて、守りたくなる様なタイプじゃない。それでも可愛いと言ってくれた仙道さんの言葉に少しだけ期待して、自惚れて、振り回されて、馬鹿みたいだ。気があるそぶりをされただけで、好き、と言葉で伝えられたわけでも、彼女になって、と言われたわけでもなかったし、ただ、私と仙道さんは何度か身体を重ねただけ。いつもの、一晩限りの人となんら変わりない。彼女がいたって、私には全く関係ない事だし、なんなら、拒む理由ができて、清々する筈なのに、何故だか私の胸は締め付けられるみたいに痛くなっていく。しばらくその場から動けない私の耳に「昼休み終わっちゃう!早く戻ろう!」なんてトイレから出ていく声と扉の閉まる音が聞こえて、ハッとしたみたいに私もトイレから出ていった。秘書課に戻る途中で、「よ、田中、お疲れ」なんてぶっきらぼうな声が前から聞こえて、視線を向けると同期の鈴木さんが小走りで私の方へと近づいてくるのが見えると、私も『お疲れ様』と、小さく挨拶をしていく。




「明日休みだし、久しぶりに一杯行かね?」





「なーんて、断られるのわかってるけど」と、鈴木さんはあはは、なんて笑って、私は思わず足を止めた。いつもなら、『最近仕事終わるの遅いから』とか『予定がある』なんて言って断るのに、ちらりと遠くの方で仙道さんの顔が目に入って、何故だか私の口からは断る言葉が出てこなかった。だって、仙道さんの横に居たのはさっきトイレで誰かが仙道さんの彼女、と話していた高木さんだったから。私に向ける顔と同じ様に笑ってる仙道さんを見て、なんだ、本当に、私だけじゃないんだ。なんて私の思考が止まったみたいに動けなくなっていって、目の前にいる鈴木さんが私の名前を呼んだ瞬間に『行く』と、口が勝手に動いてた。「え?」なんて固まった鈴木さんに『たまには...行こうかなって...』と言って私は鈴木さんを見つめると、鈴木さんは笑いながら「まじで?予想外すぎて嬉しいわ。俺、まじで仕事終わったら迎え行くぜ?」とかなんとか。そんな鈴木さんに向かって私は『うん、待ってる』なんて言って小さく笑った。全然、行きたくなんか無いのに、どうして私は待ってる、だなんて思っても無い事を言ってるんだろう。自分でもなんでそんなことを言ったのかわからないまま、私は自分のデスクに戻っていった。




















その後は、何事もなかったかの様に仕事を続けていって、気づけば定時になっていた。何故だか今日は定時に帰れそうなほどスムーズに業務が進んでいって、仙道さんが自席から「花子ちゃん、今日さ」なんて声を掛けてきた途端に「田中!」と、秘書課の入り口の方から声が聞こえて、私は思わず声のする方へと視線を向ける。声の主はもちろん昼休みに飲みにいく、と約束していた鈴木さんで、私の方に近づいてきたと思ったら「定時ダッシュできる?」と、困った様に眉を寄せた鈴木さんに、『もう少しで終われるからもうちょっと待ってて』なんて笑顔で答えていった。「はいよ。じゃあ先に下で待ってる」と、鈴木さんが笑顔でそう言って、私は『うん、ありがとう』なんて言って鈴木さんが秘書課から出ていくのを確認すると、自分のパソコンモニターに視線を戻していく。パソコンモニターに視線を戻した瞬間に、モニターの向こう側に見えた仙道さんが「行くの?」と言いながら眉を寄せているのが見えた。『聞こえてませんでした?』なんて、私は口から漏らしていって、「なんで?」と、眉を寄せてる仙道さんの顔が視界に入ると、私はさらに眉を寄せていく。なんでって、関係ないじゃない。あんたなんかに。と、何故だか苛つくみたいに頭が熱くなっていって、私はパソコンの電源を切るとすぐに鞄を持って『お疲れ様でした』と席を立っていった。そのまま私に声を掛けてくる仙道さんの声を聞かないフリをして、私は急いでエレベーターに足を進めていく。彼女が居る癖に、なんで私なんか気にするの?簡単に、ヤレそうだから?私が牧さんのことが好きで、彼女がいるって知って泣いてる時だって、慰めるフリして心の中で可哀想で哀れな女、だとでも思ってたの?なんて、沈む様にネガティブになってく私の考えが、私の胸を締め付けていくみたいだった。エレベーターの前について、ボタンを押した瞬間に私の腕が誰かに掴まれていって、「俺、なんで?って聞いたんだけど」なんて仙道さんの声が後ろから聞こえてくる。私は何故だか振り向けなくて『あなたに、関係ないでしょ』と、締め付けられていく胸を誤魔化すみたいに下唇を噛んでいって、続ける様に『こんな所見られたらまずいでしょ』高木さんに、とは言えなくて、私は仙道さんに掴まれた手に力を込めていく。






「俺は良いよ」


『...嘘つきは、あなたの方じゃない』


「は?何それ?」


『触らないで...』






言いながらパシッと仙道さんの手を振り払いながら、私は仙道さんの方へ振り向いて『嫌いなの』と、仙道さんを見つめていく。「どういう意味?」なんて困った様に眉を寄せる仙道さんの顔が、何故だか妙に私の頭に焼き付くみたいに残っていって、私は仙道さんから視線を離さずに『私は、仙道さんの事が嫌い』と、自分に言い聞かせるみたいに口を開いた。そうよ、あんたなんて...嫌い。好意を寄せてるフリをすれば、コロッとあなたの手のひらで転がされる様な簡単な女だと思ってた?最初から、私のことなんて、好きでもなんでもなかったんでしょ?なんて私の頭の中に浮かんでいく言葉のせいで、私の瞳がゆらゆらと揺れていく。同時に滲んでいった視界を隠すみたいに仙道さんから視線を逸らして、何も言わない仙道さんに向かって『二度と、私に触らないで』と、吐き捨てる様に口から漏らした。なかなか来ないエレベーターを待てなくて私はその場から逃げるみたいに足を早めて、非常階段から降りていく。小走りで階段を降りていくせいなのか、荒くなっていく私の呼吸が、信じられないくらいに苦しくて、締め付けられていく様な胸が、やけに痛んだ。滲んでいく様な視界が、少し走ったせいで乾いていくみたいにクリアになって、私の言葉を聞いて傷ついたみたいに、私を見てた仙道さんの顔が何故だか頭に浮かんでいった。あの顔も、嘘なの?私に好意を寄せていることも、嘘なの?と、考えるたびに苦しくなっていく胸が、私の喉の奥を苦しくさせていって、なんで仙道さんの事なんか考えてるのよ、元々嫌いだったじゃない、あんなやつ。彼女が居る癖に私を抱いて、期待させるみたいに甘い言葉を吐いていくなんて、最低にも程がある。嫌い、あんたなんて、大っ嫌い。なんて考えながら、私は1階の非常階段の扉を開けていく。同時に見えた鈴木さんの姿に『おまたせ』なんて、私は無理やり笑顔を作ってみせると、鈴木さんは「おせーよ」と、困った様に笑ってた。







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