『ん...』





カーテンから漏れる様な眩しい日差しで目を開けると、私の顔の前に嫌いなはずの仙道さんの顔があって、私は驚いた拍子にサッと後ろに後ずさった。え?あれ?なんで、目の前に仙道さん?と、言うか昨日はどうしたんだっけ?起き上がって周りを確認してみると、どうやら仙道さんの家で、私は寝てしまったらしい。昨日あの後いつものバーに飲みに行って、それから...?やばい、記憶がない。私、昨日仙道さんと...?なんて思って洋服を確認すると、ブラウスも着てるしストッキングだって履いている。何もなかったのか、なんて少しホッとしながら仙道さんの方を見ると、少し目を開けて何故だか小さく笑っていた。




『...起きてたの?』


「今起きた」


『おはよう...ございます...』


「うん、おはよう」





言いながら仙道さんが起き上がって、グーっと伸びをしたと思ったら「今日の予定は?」なんて問いかけるもんだから私は眉を寄せて『何言ってるのよ、仕事でしょ』と口を尖らせた。途端に仙道さんが「今日休みだよ」と、ベットの脇の小さなテーブルからスマホを取り出して私に画面を見せつける。そこに表示された曜日を確認すると本当に仕事は休みだった。





「それで、今日の予定は?」


『...何もない...と思う』


「そっか...じゃあ、俺と出かけようか」


『...え?は?』


「今日1日、俺に付き合って」


『なによそれ...』





仙道さんの言った言葉に驚きながら、私はいやいやスーツだし、なんなら化粧品だって持ってないし昨日泣きすぎて目は腫れてるだろうし、髪の毛ぐちゃぐちゃでお風呂も入ってないし、なんて考えるのに、すぐさま準備を進める仙道さんに『行くなんて言ってない』と口を尖らせながら内心ドキドキしてしまった。これはデート...なんだろうか。牧さんを好きな気持ちは確かにまだあるのに、嫌いだなんて思ってる仙道さんにこんなこと言われてドキドキするなんて、尻軽にも程がある...とかなんとか考えていたのに、スーツを着直して、仙道さんに手を引かれて、電車に乗って、目的地に着いた瞬間に唖然とした。だって着いたところは堤防だったし、完全にデート、とかではない場所で、仙道さんは私に「はい」なんて釣竿を手渡して、その場に座り込んだ。





『...え?何これ』


「何これって、釣りだけど」


『私、スーツなんですけど』


「大丈夫、ボーッとするだけだから」


『何よそれ...』





ちょっと期待した私が馬鹿みたいじゃない。なんて言いそうになって口をつぐんだ。何、期待って...仙道さんなんて近づいて欲しくも、触って欲しくもないはずなのに、なんで期待なんかしてるの私。と、自分を落ち着けるみたいに顔を左右に振って仙道さんが手渡してきた釣竿を受け取った。そのままちょっと離れてから並んで座るみたいに腰を下ろすと、仙道さんが「ここなら、俺しか見てないよ」とかなんとか。






『...もう、泣かないわよ』


「そーなんだ」


『私はそんなに弱くない』


「弱いよ」


『...弱くないってば...』


「花子ちゃんは自分で思ってるよりも、弱い女の子だよ」





仙道さんがそう言いながら困った様に笑って、私は『ちゃん付けって年でも、女の子って年でもないわ』なんて口を尖らせる。なんでこの人は、なんでもわかるみたいなこと言うんだろう。私は弱くない、だから、牧さんのことなんて、すぐに忘れられちゃうんだから。なんて昨日のことを思い出していくと、じわりと視界が滲んでいった。仙道さんは何も言わないまま、また困った様に笑って私は片手で顔を覆いながら『あなたって本当...ムカつく』なんて悪態をついていく。しばらく黙ったまま釣竿を持っていたら、釣竿の先がグッと引っ張られてる様に見えて、私は『あ』なんて小さく声を出した。何度か引っ張られてる釣竿を両手で持ち直して『せ、仙道さん!引いてる!』と、声を荒げると、仙道さんがこっちに近づいてきて「すぐ引っ張らないで、ちょっと泳がせて」なんて言ってきたけど、釣りなんかしたことのない私はどうしたら良いのかわからなくて、無我夢中で釣竿を握りしめる。途端にヒールが堤防の出っ張りに引っかかって、私が声を上げる前に私は宙を舞っていく。あ、落ちる。なんて思った時にはもう遅くて、バシャン!と凄まじい音を立てて私は海に落っこちた。





「あはは、何してんの」


『も、もう!最悪!』


「ちょっと待っててー!」


『え?なんで?え...きゃあ!』





私が海から顔を出すと、仙道さんはあはは、なんて笑ってて私はスーツがダメになるし、ヒールだって片方海の中に落ちたし、最悪!なんて声を荒げるのに、仙道さんが堤防から声をかけてすぐにバシャン!なんて音がして、私の周りの波の揺れが激しくなったと思ったら、私の隣に仙道さんの姿が見えた。つまり、私と仙道さんは2人で何故だか海に入ってた。





『な、なんで仙道さんまで...』


「あれ?溺れてるのかと思ったのに、普通に泳げてるね」


『ちょっと!!私のこと馬鹿にしすぎよ!?』


「ごめんごめん。て、言うか、洋服で海入ったの初めて」


『私もよ...』


「あはは、すげービシャビシャ」






「でも、気持ちいいね」なんて馬鹿みたいに笑ってる仙道さんの言葉に『そうね』と、私も頬が緩んでしまった。それを見た仙道さんが「笑ってる方が可愛いよ」なんて歯の浮く様な台詞を言ってくるもんだから、私は顔が一気に赤くなっていくのが自分でもわかるくらいに熱くなる。熱くなっていく顔を誤魔化すみたいにキョロキョロ周りを見渡して、階段を見つけた私は『もう出ましょう...』と、恥ずかしさから下唇を噛み締めた。




「よっ、と...あれ?花子ちゃん靴は?」


『あぁ...落ちちゃったのよ...海深そうだし、しょうがな...え!?ちょっと!!』




2人で階段から堤防に戻ると、仙道さんが私の足元を指さして、確認した後またすぐに海に飛び込んだ。驚いて声を荒げた私は、仙道さんが飛び込んだところをじーっと見ていたけど、中々上がって来ないからこのまま上がって来なかったらどうしよう。なんて少し不安になって、ギュッと自分の手で拳を作った。『仙道...さん?』なんて小さく声を漏らしても仙道さんが上がってくる様子はなくて、私は堤防から海を覗くみたいに腰を屈める。瞬間にプハッ!なんて声と共に仙道さんが海から顔を出して「あったよ」と、片手に私のヒールを握りしめていた。私は不安で少し滲んだ視界を誤魔化すみたいに『馬鹿な真似しないで!』と、仙道さんに手を伸ばす。仙道さんは少し驚いた様な顔をした後に、私の手を取ると「ごめん。俺、すげー馬鹿なんだ」なんて言いながら私の掴んだ手を引っ張ってきて、私は仙道さんの引っ張る勢いに負けて、再び海に落ちていった。





『も、もう!!何すんのよ!?』


「あはは、もうずぶ濡れなんだからいいじゃん」


『良くないわよ!あー、もう...』


「髪の毛、食べてるよ」


『ちょっと...1m...』


「それ、まだ続いてたんだ?」


『当たり前じゃない...』






仙道さんは私の言葉なんか聞こえないみたいに、私の顔に張り付いた髪の毛を指でかきあげていって『近いってば...』なんて仙道さんから視線を逸らした私の言葉に「そーだね」なんて返事をして、私の唇を奪っていった。ちゅっと鳴ったリップ音が、波の音にかき消されるみたいに消えていって、私は逸らした視線をまた仙道さんに戻していく。「しょっぱい」なんて困ったみたいに笑った仙道さんの言葉に、私は何故だかドキドキしていた。仙道さんを見つめたまま何も言わない私の唇を仙道さんがまた奪っていって「洋服乾くまで、どっかで休んでく?」なんて仙道さんが熱くなった様な瞳で私を見つめる。私は自分がなんでこんなに嫌いなはずの仙道さんにドキドキしてるのかわからないまま、海に視線を移して『乾くまでなら...』と、自分でも信じられない様な言葉を口から小さく漏らしていった。












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