Chapter 3


 エストバリ氏のもとで見習いをしていた頃、交易先からロダに戻った俺は、届け物をカリィの宿営地に持っていったことがあった。
 曇天を戴く林の、疎らな樹木の隙間から、幌馬車の群れと漂泊の民の衣たる極彩が覗いていた。幌馬車の前には、ひとりのカリィと、馬の手綱を持って立つ小柄な背中があった。黒檀の髪の少年と白藍を纏う肢体は、朗らかに声を交わしているようだった。俺は徒歩だったから早急に辿り着くということはなかったけれど、ゆっくりと近づいてくる、遠目には華奢な少年であるように見えた白藍は、黒髪を結い上げた少女だった。
 近づいてくる俺に気づいたからか、少女はラミズとの談笑を打ち切ると、軽やかに馬の鞍に乗り、俺の傍らを駆けて行った。駆け抜け様、手綱を握る少女は、紫黒を纏う俺に目礼を呉れた。氷を陽に透かしたかのような蒼の目にも、孤高を化粧としたかのような硬く脆い印象の面にも、見覚えがあった。雪に覆われた森の、樹氷に埋め尽くされた森の、晴れ渡った空を背にできる丘に佇めば、きっと、その姿は白に融けることなく微笑むのだろう。

「イェシカ・レドルンド。君の家が教皇派でレドルンド家が皇帝派であるとはいえ、知ってるだろ?」

 足を停め、遠ざかる馬を見送っていた俺に、先刻まで少女と話をしていたラミズが声をかけてきた。俺の傍らに並び、長身のカリィも男装の令嬢を見送る。

「お父さんのお手伝いで、彼女、よくここに来るよ。これから塩鉱の様子見だそうだ。お父さんはイェシカに跡を継がせるつもりなのかな。トビアス・レドルンドの子は、今のところではあるけれど、娘がふたりだけ。あの姉妹はどちらも聡明でね。イェシカもエメリも、トビアス氏が養育を惜しんでいないというのはあるだろうけど、それを差し引いても、しっかりしすぎていて怖いくらいだ」

 碧の目がこちらを向き、ラミズが首を傾げる様を、視界の隅にとらえた。

「ヴェイセル?」

 毒気のない奔放な声が耳を撫でた。

「君のところは、アドリアナとキャレのふたり、とてもしっかり者だよね」

 わざとらしく口の端を吊り上げてみせるラミズを、俺は肩をすくめて受け流した。

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