Chapter 3




芳しいはずの花の香が、男の頭蓋の裡を棘が這うようになぞっていく。その不快さに、男は眉間に皺を刻んだ。
ここを訪れる者は、季節がいつであっても、常に花の香を嗅ぐ。ロダの夜は、常に、ここにある。
豪奢に咲き誇る花の首だけが散乱する床。時折、調度品の上から水が湧くように落ちていくのは、花瓶に活けきれなかった生花の、無造作に置かれた萼から零れていく花弁だった。斜陽をとじこめたかのような燭火のさざめきが、そこを満たしている。燃え盛る炎に融かされた蝋の透きとおった雫は、そこここに散らばる花の彩りをゆらめかせながら蝋燭を伝う。伝い落ちていく蝋は、色彩を流動させる涙のようであったが、すぐに冷え、曇り、燭台に凝っていった。
それまで奥の作業台で薬草の調合をしていた女が、花の壁越しに、来訪者に眼を遣る。紫黒を纏う来訪者は、花の壁を越えられないのか、入ってきた扉の前に立ち尽くしているようだった。作業台に設えられている小瓶の並んだ棚を閉め、女は男に向き直る。女は扉から数歩のところにある長椅子に座ることを男に勧める。ロダの夜そのものとされる女の声に導かれてか、男は散らばる花に足跡をつけながら歩を進めた。長椅子に腰かけた男に、女の影が落ちた。

「怒っているの?」

踏み拉いてきた花冠に眼を落としたまま、男は女の声を聞く。立ったままの女の指先が、男の頬を掠めた。崩れてなお芳香を放つ花を見つめる男の眼前を、女の指が落ちていく。女は指をひっかけるようにして男の眼鏡を奪ってみせた。緩慢に面を上げた男の裸眼が、女に放り投げられた硝子の軌跡を追う。男の蒼の目が、女を咎めるように眇められた。

「割れたら困る」

花びらの毛布に落下した眼鏡を一瞥することなく、女は微笑む。

「怒った?」
「いや。ただ、探すのが面倒だ」
「あなたは、あなたが被ったことなら、わりとどうでもいいのよね。昔から」

燭火がゆらぐ。女の眼が落ちる。金とも桃色ともつかない長い睫毛が、蜜乳の頬に影を生む。

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