Chapter 1
「ラミズ」
名を呼ばれた青年の、物静かな碧の目に冷徹さが過ぎる。緩慢ではあっても突きつけるように掲げられたヴェイセルの手には、細い鎖が絡まっていた。その鎖には指輪が通され、ささやかな陽を弾き、鈍く光りながら揺れている。
「受け取りに来た」
眼前で揺れる指輪を手のひらに載せ、ラミズは目を眇めた。指輪の台座には、ほのかに桃色がかった結晶が嵌めこまれている。その台座の裏を見つめ、ラミズは手を傾けた。弾いた陽に、そこに刻まれた紋様が浮かぶ。
ラミズの手が指輪から離れた。下ろされたヴェイセルの指の先で、鎖に囚われた指輪が揺れる。
思案に耽るように、ラミズは目を伏せた。
「ヴェイセル、君は運がいい。明日、西に発つ予定だったんだ。ティエルからファリアスを回って、白紙地帯を開拓中のフィアナ騎士団の営巣地へ。我らが生業と、彼女の巡礼を兼ねて。だから、当分、ここロダには戻ってこない」
ヴェイセルが口の端を持ち上げる。
「生業だけになったな」
曖昧な笑みをたゆたわせ、ラミズは岩塩の山に眼を遣った。岩塩を運んでいったのであろう、空の籠を持った少年が、頬馬車の間を抜けて姿を現す。黒檀の短髪を揺らしながら地に籠を置く少年の面差しは、どこかラミズと似ていた。
「サリ」
ラミズが少年を呼ぶ。少年の碧の目がヴェイセルを映した。
「テアに声をかけてきてくれないか。指輪が訪れた、と、そう言えば解るはずだ」
「どうしてヴェイセルなのよ。キャレの方がずっと――」
少年に続いて現れた少女が、波打つ黒檀の髪を靡かせてラミズに詰め寄る。
「ザナ、行くよ」
己とよく似た面差しの少女の、熟れた果実のような肌に極彩を纏う腕を、少年は掴んだ。碧の目で睨みつけてくる少女を、少年は慣れた調子で軽くあしらう。
「兄さんも、ヴェイセルさんも、困るだろ。ほら、行こう」
穏やかな口調で、淡々と語りながら、サリは引き摺るようにザナを連れて行った。幌馬車の間に姿を消したふたりを見送って、ラミズは溜息をつく。
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