Chapter 1


「ヴェイセルじゃないか」

 幌馬車の許に辿りついた青年に、驚愕の滲む声がかけられる。

「ノルドヴァル家の跡継ぎが、こんなところまで独りで来たのかい?」

 幌馬車と幌馬車の間に積み重ねられている岩塩の傍らに立っていた青年が、帳簿を片手に首を傾げた。陽に焼けた精悍な面の、無邪気さと落ち着きの混ざった碧の目が、林を抜けてきた青年――ヴェイセルに向けられる。癖の強い黒檀の髪が、首を傾げるだけのわずかな動きに跳ね踊った。
 少しだけ高いところにある碧の目を、ヴェイセルは見上げる。

「塩鉱まではリカルドゥスと一緒だよ」

 長身の青年の碧の目が、かすかにやわらかさを帯びた。

「テウトニー族の助祭さんか。司祭さんともども、元気にしているのかな」
「変わりないようではあるな」

 にこり、と、長身の青年は笑う。

「それはいいことだ」

 人懐っこい笑みをたゆたわせたまま、長身の青年は目を細めた。

「それで、ヴェイセルはどうしてここに? まさか、わざわざ俺と親交を深めに来たわけでもないだろう?」

 表情と呼べるようなものをつくることなく、ヴェイセルは肩をすくめる。

「そうかもしれない」
「心にも無いことを口走るのが、相変わらず得意だね」

 唇に笑みを模らせたまま、長身の青年は見透かすようにヴェイセルを眺めた。再び、ヴェイセルは肩をすくめる。そして、ゆっくりと、腕を持ち上げた。

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