Chapter 3
ふわりとした純白の雲が透きとおった蒼穹に佇んでいた。天球を軋ませる冷ややかさが、樹木の間を歩む俺の頬を引っ掻いていく。霜に覆われた落ち葉は、歩を踏み出す度に、弾力をもって靴底を押し返してきた。
カリィの宿営地を訪れた俺を、白藍を纏う少女は鉱石めいた目で射抜いた。
「初めまして。エメリ・レドルンド、だね。君の父上から、贈り物をいただいていてね」
差し出されたエメリの手のひらに、鎖に繋いだ指輪を落とす。細い鎖は落下する指輪の軌跡を辿り、指輪からわずかに遅れ、陶器のような肌の上で渦を巻いた。
エメリは指輪を見つめていた。艶やかな漆黒の髪は、あのひとと同じように癖がなかった。晴れた日の陽を弾く氷のような肌も、どこか空疎な蒼の目も、あのひととエメリはよく似ていた。だが、いくらあのひとに容姿は似ていても、エメリはあのひとではなかった。そのことに安堵し、落胆し、自覚のなかった怯懦と期待に自嘲した。
「迎えに来たよ、私の花嫁」
俺は口の端を吊り上げた。
世界は鈍色に染まっていた。空と地との境界は鈍色に塗り潰され、低いところに蟠る雲は、翳りに氷を孕ませていた。水の塊めいた大気は、静謐に沈み、時そのものを抱いたまま凍てついているようでもあった。
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