Chapter 1


「おかえり、ジョゼフ。今日も元気に朝帰りだね。誰にも見咎められなかったかな?」

 やんわりとした口調で朗らかに言われた言葉に、ジョゼフと呼ばれたブルネットの髪の青年は口の端を片方だけ持ち上げてみせた。

「俺がそんなヘマをすると思うか?」
「しないな。すっかり失念していたよ。となると、私はわざわざ朝早くに起きてこの部屋の鍵を空けておく必要はなかったみたいだ」

 にこにことそう返すプラチナブロンドの髪の青年に、

「感謝しているよ、シャグリウス」 

 と、ジョゼフは苦笑しながら軽く両手を挙げて降参の意を表明してみせた。シャグリウスと呼ばれたプラチナブロンドの青年は口許に手を当ててくすくすと軽やかに笑う。
がっしりとした体躯のジョゼフは、小柄なシャグリウスよりも頭ひとつ半ほど背が高い。粗野と言うには品があり、騎士であるのにほどよく砕けた磊落な雰囲気を纏っている。よく野外で鍛錬に励んでいるために肌は健康的に焼けていて、細面気味の顔の無精鬚すらほどよく野性味を醸し出していた。

「君が女性に人気があるのはよく知っているけれど、もうちょっと自粛した方がいいんじゃないかな。確かにメルヴィルはここからそう遠くはないけれど、だからといって、毎晩通うのに近いというわけでもない」

 まったくそんなことは思っていないような口調で、シャグリウス。
 メルヴィルとは、ここシルザから馬で南に一時間ほどの場所にある歓楽の街である。

「珍しいな、釘を刺してくるなんて」

 こちらは反省の成分など微塵も見出せないお気楽な口調で、ジョゼフ。シャグリウスは軽く肩をすくめてみせる。

「基本的に他人の私生活に干渉するつもりはないのだけれどね。夜中にこっそり抜け出して夜遊びしてくるということも、悪いことであるとは言わない。ただ、それも程度による」

 そこでジョゼフが笑んだ。余裕たっぷりの、どこか獰猛な笑み。

「救貧院長あたりに何か言われたか?」

 否定することも言いつくろうこともせずにシャグリウスはあっさりと頷く。

「ご名答。よくわかったね」
「この騎士団において、彼女の他にそこまで他人を気にかけそうなお人好しは思い浮かばない」
「なるほど。まぁ、一応、彼女からの伝言を君に伝えたので、私の任務は遂行されたよ。無駄なことに労力を割くのは極力避けたいことではあったのだけれど、あの方の頼みだから無碍にすることもできない」
「俺の友人であるばかりに余計な仕事を押しつけられたか。悪いことをしたな」
「一緒にメルヴィルに赴いていなくとも、私は君の共犯者なのだけれど」

 そんなことを呟き合って、ふたりは二者二様の表情で笑った。それは、やっていることはひたすら周囲に迷惑をかけるようなものでしかないのになぜか無邪気な、いつも教師に手を焼かせている問題児が次のいたずらを計画している時に浮べるような笑顔だった。
 そこで朝帰りの不良騎士は急に真面目な顔になり、

「だが、夜遊びも有意義なものだぞ。なかなか面白い話を耳に挟んだ。数日中には大司教猊下も知ることになるだろうから、ここで披露しておく」

 シャグリウスを正面から見据えた。
 メルヴィルでは帝国東部の情勢ならほとんど時間差もなく知ることができる。歓楽の街メルヴィルで店を経営している経営者で構成される経営者組合の情報網は、人間が暮らしているところであれば世界のどこにでも存在する業界の同業者組合の情報網であるがゆえに広範であり、国境など関係ない。

「昨日――いや、今日に日が変わった頃かもしれないが――女帝が暗殺されかかった」

 さらりと言われたジョゼフのその言葉にやや眉根を寄せながらも、シャグリウスはこんなことを言った。

「物騒ではあるけれど、珍しいことでもない」

 その返答にジョゼフは鷹揚に頷く。

「そうだ。ただ、女帝を暗殺しようとした人間の姓が俺には問題でな」

 おどけたように放たれるその言葉にシャグリウスは沈黙した。常ならば硬質な穏やかさを湛えているその目がただ厳しいものとなる。それは、どこまでも静かでどこまでも冷ややかな、底冷えのする炯眼だった。
 ジョゼフがこれから言葉にするであろうことの内容を、彼は既に察している。だからこそ何も言わない。
 この執務室の主――シルザ大司教シャグリウス・アクィレイアの友人、フィアナ騎士団の騎士にして修道士たるジョゼフ・キャンティロンは言った。

「内務卿フローレンス・キャンティロン。それが女帝を暗殺しようとした人間の名前だ」

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