Chapter 1


◇◇◇◇◇

 ファウストゥス暦422年。ユニウスの月の第25日。
 朝焼けがきれいだった。
 きらきらと暁の朱を反射する河の水面と河の向こうに広がる平地。その向こうに遠く広がる淡い山陰が日の出の太陽と溶けている。夜の闇が次第に蒼の薄闇に変わり、そしていつしかそれすらも陽光に侵蝕されていつの間にか世界は光に覆われる。
 そんな夜明けの光景を、高台にある建物の一室で、大きな窓を開け放って窓辺に立ち、ひとりの青年が見つめていた。小柄で華奢なその青年は、線が細く、中性的で端整な顔立ちをしている。青年の背中に流れるゆるい巻き癖のやわらかなプラチナブロンドの髪が朝の爽やかな風に散った。
 シュタウフェン帝国東南部の町シルザ。カルヴィニア公国との国境線であるヴォルガ河を東に臨む、帝国国教ヴァルーナ神教ファウストゥス派の宗教騎士団であるフィアナ騎士団の本部の置かれた小さな町である。
異教を奉じているヴォルガ河以東の国との接点に本拠地を置くフィアナ騎士団の主な任務は帝国東部国境たるヴォルガ河の防衛――すなわちヴァルーナ神教世界を守ることと、貧しい人々への施し、である。その性格からして騎士団の構成員は基本的には帝国貴族であることを条件とされているが、その規則が厳格に守られているのは騎士たる修道士にくらいだった。
 小鳥の囀りが聞こえてくる。どうやら鳥たちも起き始めたらしい。
 青年がいるこの部屋は青年にあてがわれた執務室であるのだが、彼が部屋着姿であることからもわかるように、その青年は早朝から仕事をするつもりでこんな時間にこの場所にいるわけではなかった。では何をしているのかといえば、彼は人を待っているのだ。
 ぎし、と、何かが軋むような音がした。
 窓辺に佇む青年の目が窓の外にある大樹の枝に向けられる。長い睫毛に縁取られた淡い藍の目は、時折、光の加減で紫にも似た色彩をゆらめかせた。三階にあるこの部屋の窓の外には大人の男の三歩半ほどの幅で二階の屋根が張り出しており、部屋の主たるプラチナブロンドの髪の青年は仕事の合間にひなたぼっこをしたりしている。建物に寄り添うようにたっている大樹のおかげでそこには心地よい木陰ができるのだった。
 ぎし、ぎし、と枝が軋む音は続き、それに合わせて生い茂った葉が揺れ踊るさわさわという音がする。
 大樹の葉の間から葉っぱをくっつけたブルネットの頭が現れた。きつく波打つブルネットの短髪の樹を登ってきた青年は、二階の屋根の上に到達すると一直線に窓に歩み寄り、窓枠に片腕をついてそれを軸にしてひらりと身を翻して部屋の中に入ってくる。窓辺に立っていたプラチナブロンドの髪の青年はにっこりと微笑んだ。

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