Prologue
その場所からは帝都の東に広がる平地が皮肉なほどによく見渡せた。
遠くに横たわる山蔭と、その手前に布陣された反皇帝を掲げる諸侯の連合軍と。
そして、反逆の矛先を向けられているはずの当の本人はその小振りな朱唇にゆるく弧を描かせる。
ティエル第七層。帝都で最も高いところに位置し、かつ、総てを見渡せる、精緻な装飾の施された白亜の城のテラス。そこに置かれている椅子に、硬質な短い緑髪を吹き抜ける風に好きなように遊ばせ、しなやかな体に漆黒の衣を纏った小柄な若い女が腰掛けていた。その背後に控えるのはふたりの男。真っ白な短髪と真っ白な長い眉毛の、穏やかな面持ちの初老の男――帝国宰相メルキオルレ・マデルノ。白いものが混ざり始めた髪を後頭部でゆるくひとつに束ねている、尖った顎と細い目を持つ、黒の僧服に身を包んだ壮年の痩せた男――ヴァルーナ神教ファウストゥス派枢機卿長アルノー・アルマリック。
長い睫毛に縁取られた、つくりの甘さを裏切ってなぜか酷薄なまでの鋭さを感じさせる女の蒼の目が帝都の東から西に転じられる。脚を組んで優雅に椅子に座る女の肩には、一羽の白い鳩が留まっていた。
瞼を落とし、女は唇を持ち上げる。
「夜が明けるわ」
響いたのは、まろやかで透明な、あたたかでも冷ややかでもない、耳にした者にはどことなく近寄りがたさを覚えさせるような澄んだ声音。
細い指に鳩を留まらせ、女はゆるゆると緩慢にその瞼を持ち上げた。
「ついに動き出しますか」
宰相のこの言葉に、
「それはどうかしらね」
悪戯っぽく微笑しながら女は立ち上がる。
帝都の東、夜明けの鮮烈な陽光の下。諸侯連合軍の陣形が、乱れた。
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