Chapter 5


「では、帝都が包囲されてからこの方、叛徒たちは何を待っているのだと思います?」
「さっきも言ったけどね。僕はそういったことに興味なんてないよ」
「ですが、意見の有無と興味の有無は同義ではありません」

 ゆるく微笑するテウトニー族。微笑という表情をつくっておきながら、その微笑にはやわらかさもあたたかさも隙すらもない。トゥルスは軽く肩をすくめる。

「興味の有無は意見の独創性と切り離せないと思うけどね。一般論が欲しいわけではないんだろ?」
「圧倒的な物量、圧倒的な人海。帝都を包囲した時点で彼らは籠城などさせずに一息で帝都を制圧することが可能だった。そして、それは今も変わらない。にもかかわらず、未だ決定的な一手を下さずにいる。これは何を目論んでいるのでしょうね」
「・・・・・・君、友達いないだろ」

 呆れ果てるトゥルスに、

「友人なら、おりますから」

 にっこりと、ラエルティオスは完璧な笑みを浮かべる。これにトゥルスは疲れたように嘆息した。

「そんなことは君の方が的確に情勢を読めるはずだ。僕なんかよりもはるかに手広く色々なことを知っているし、知れる立場にある」
「存じております。ですが、あえてお訊きしましょう。現段階における貴方のご意見は?」

 はぐらかすことを許されず絡め取られたことにトゥルスは小さく舌打ちした。トゥルスが帝都上層に明るくないように、ラエルティオスは帝都下層に明るくない。よって、彼らの判断は各々が各々に寄ったものにならざるをえず、それを得ることは即ち自らの不足を補う手がかりとなる。
 軽く諸手を挙げたトゥルスは、

「彼らが望むのは、女帝から権威を引き剥がすこと」

それなりにぼかした物言いでこの場を乗り切ることを決めた。奴隷から現在の地位にまで昇りつめた並外れた洞察力と判断力を有する目の前の男を騙すことなど、それこそ不可能に近い。

「皇帝に造反したとて、彼らは皇帝という地位そのものを否定してはいない。彼らが否定しているのはラヴェンナ・ヴィットーリオ・エマヌエーレという人間ただひとり。たとえそれが表向きのものでしかなくとも、彼らの大義の具体的な帰結はそこにある。彼らの大義は皇帝を諸侯の至上とする現在の帝国を否定してはいない。むしろそれを前提とした上で帝国を在るべき姿にと主張している。よって、皇帝そのものを否定してしまっては彼らの大義は成立しえない。それは彼らが拠って立っているはずの帝国そのものを否定することになるからね」

 様子を窺うトゥルスの眼を正面から受け止め、ラエルティオスは無言で先を促す。

「しかし、彼らは女帝を廃さなければならない。そうしなければ当初の目的が達成できないだけでなく、間違いなく彼らは粛清される。そして、ここで彼らが問題にしなければならないのは、臣民が皇帝に権威を認めているという事実。実質的な権限がさほどないとしても、それでも、臣民にとって皇帝は雲の上の存在。その存在を帝国そのものと捉えている節が多少なりともある。そして、女帝は他ならぬ皇帝であって、女帝を廃するということは帝国を否定することと捉えられても無理はない。そうなっては彼らの行為の正統性は疑問視される。それを認識しているからこそ、彼らは女帝から権威を引き剥がし、ただの一貴族とする必要がある。そうでなければ彼らは目的の達成とともに自滅するしかない」

 自らの声音の余韻をひきずったまま、

「君は?」

 と、トゥルスが問うた。

「君は、どう捉えてる?」

 返答を期待してもいないような口調にラエルティオスの目許がわずかに緩んだその時――――ぎぃ、と、扉の軋む音が響いた。

「ノックぐらいはするべきだね」

 緑と紫紺の目を一身に集めた来訪者に、トゥルスが皮肉っぽく告げる。あぁごめん忘れてたなどと頭を掻く半月眼鏡の優男に、微笑しながらテウトニー族は会釈した。
 自らの主をその自邸にまで送り届けてきたサディヤ侯爵の私兵に続いてトゥルスは部屋を後にしようとする。
 トゥルスの背後で扉が閉まりかけたその時。

「女帝は獲物を泳がせていますよ」

 足を止め振り向いたその視線の先で、ひとり佇むテウトニー族が、ぽとりと、言葉を落とした。

- 130 -



[] * []

bookmark
Top
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -