Chapter 4


◇◆◇◆◇◆◇

 場を満たすのは重厚な闇。そこにゆらぐのは蝋燭の灯火。優美に長椅子に寝そべるのは豪奢な金髪の女。繊手が弄うのは精緻な細工が施された煙管。

「手にするがいいのさ。目の色の違う味方が欲しいのだろう? 隠すことはないさ、くれてやる。目の色の違う味方と敵。その累々たる屍の上で熟れ滴る勝利なるものを、その手でもぎ取るがいいよ」

無言で壁際に佇む銀髪の青年のその眼の先で、女は愉しげに笑んだ。
 場を満たすのは眩いばかりの陽光。窓の外の色づいた樹樹の葉の向こう側、平坦さを覚えるほどに澄み切った蒼穹にふわふわとした白い雲が浮かんでいる。

「アレスでは第二王子が玉座に座るそうね。十五歳の、少年王の誕生だわ」

 執務机につき、宰相が作成した名簿を眺めながら、女帝が口の端を持ち上げる。

「そして、こちらの司令官は勅命に抗った」

 そこで女帝は上目遣いにこの同室しているもうひとりの人間たる枢機卿長を見遣った。

「そのことへの処分、どうなさるおつもりですか?」

 これに女帝はくすりと笑う。

「排されたくはないでしょう? 踏み躙られたくはないでしょう? 蹂躙されることの屈辱を、押し潰されることの絶望を、知らないわけではないでしょう?」

 突然のこの物言いに無言で疑問だけを呈してくる枢機卿長に、

「今はまだ、それを確定させるのは、早すぎるだろうから」

 どことなく淋しげに、女帝は微笑した。
 場を満たすのは刺々しいまでの緊迫感。板張りの薄暗い会議室に居並ぶ面々には――その程度の差こそあれ――例外なく疲労と苛立ちとが見て取れる。

「もとよりカルヴィニア公国は帝国と決着をつける気などないのだ。おそらくは戦闘を長引かせるのが目的。それゆえに、ずるずると小競り合いだけが長引いてゆく」

 ひとりの騎士が、溜息まじりに持論を述べる。それを受けて、いくつかの言葉が議論を成した。

「決定打が必要だ」
「しかし、我々にそこまでの余力は無い」
「そもそも、それだけの余力があれば当の昔に決着がついているだろうに」
「だが、それは相手も同じこと。公国はアレスの走狗。それを慮るに、己の判断で戦いを止めることなどできまい。腹の底では打ちのめされることを願っているのかもしれぬ」
「ともあれ、ひとつ確かなことは、我々だけでは彼らをヴォルガ河からこちらへ入れないことだけで精一杯ということだ」
「援軍は恃めないでしょうね」
「しかし、引くことなどもっての他。我々は帝国の防波堤。その責務を抛棄することなどできぬ」

 淡々と続く議論を、締め切られた出入り扉からの最奥、フィアナ騎士団団長の隣に座る少年が黙然と見つめている。少年の存在はこの場において浮いているもの以外の何ものでもなかったが、その菫色の大きな目は的確に発言者を追い、その小さな手には皆からは見えない卓の下で骨が浮き指が白くなるほどに力が籠められていた。

「こんな時に大司教猊下は何をしている?」

 ひとりの発言に、少年の肩がぴくりと跳ねた。
 少年のただひとつの後ろ盾。シルザという街の統治者。そして、フィアナ騎士団の教義面における最高権威者。
 それが、この危機に、シルザにいない。
 音もなく静かに満たされゆくのは、疑念と不満。そして不信。
 水面下で燻っていたそれらが目に見える波紋となって広がろうとした丁度その時。
光が、零れた。
 軋んだのは樫の扉。現れたのは、黒衣を身に纏ったプラチナブロンドの青年と、ひとりの老紳士。
 がたり、と、腰を浮かせた救貧院長が信じられないといった様で目を瞠る。

「その方は・・・!」

 答えたのは、大司教ではなく、老婦人の凝視を受け止める本人。
 理の女神の婢たる青年の傍らに立つ柔和な老紳士は躊躇うことなく自らを明かす。

「オルールク騎士団団長――デルモッド・リアリ」

 ざわつく議場。その場内に、漣を鎮めるように、落ち着き払った低い声が響く。

「機は熟した」

 敬虔なる信徒、厳格なる神の騎士。自らの属する勢力と対峙する勢力の中枢に単身その身を投げた男に向けられる敵意も奇異の目も好奇心も、そのすべてを押さえこむ威圧感をもって、フィアナ騎士団団長ベルトラン・ダン・マルティンはひとつの決断を下す。

「ジョゼフ・キャンティロンを呼び戻せ」

 しんと静まり返る議場。
 その場においてベルトランの他に正確にその意味することを知るたったひとりの青年が、あまりの張り詰めた無音に鼓膜が破れそうなほどの静寂の中で、長い睫毛に縁取られた光の具合で紫にもゆらぐその淡い藍の目を、ただ、すぅと細めた。

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