短編 | ナノ

 03



「兄さん、手伝おうか?」
「良いって……うるさい」


コイツのせいで……俺には誰も寄り付かなくなった。
誰かと喋ると邪魔するし、俺にしか聞こえない声は人の声を遮る。
みんな気味の悪い目で見て、離れて行った。
「峡部裕一(きょうぶ ゆういち)は狂人」
――いつしかそう陰で呼ばれていた。


「兄さんが探していたの、この資料でしょ?」
「……ああ」

幸太が差し出してきた。今日も三十回「うるさい」と言い続け、根負けして追い払うのはあきらめた。
幸太は幽霊のくせに物に触れるんだから不思議だ。
俺の仕事は、小説家。奇談作家と言った方が良いか。ペンネームはそのまま、峡部と名乗っている。
どうにも「峡部」の家は「狂った家系」らしく、その手の話がわんさかある。それをモチーフにして「奇談」を書いている。……不本意だが、いつもそばに居る幽霊が語ってくれる話を書いて応募したら当たった、というのもあるし…この現代社会で、人から異端とされる俺が人と会わず一生食っていく仕事。
それが「文を書く」ことだった。



「お前は……俺が死ぬまで俺に付き纏うのか」
「そうだね。僕と兄さんは魂で繋がられているから」
「……魂」


――今日も、俺は一人で喋っているように見えるのだろう。



「そう。僕が悪魔に願った。魂で繋がれ、僕しか見れないようにするって」
「狂っている!」
「くすくす……狂った話を書いてる兄さんに言われたくないなあ」



 俺に前世の記憶はない。
でも、幸太は俺を兄と呼ぶ。それに慣れてしまって、俺は受け入れてしまっている。独りは寂しいから、幸太にだんだん、心を許してしまっている。これは限りなくやばい。


――幸太がいなくなったら、人とコミュニケーションも取れるというのに、俺は。


「どうしよう」
「どうしたの、兄さん」
「ここが読めない」
「ああ、それは……」


……この「兄さん」を慕っている幽霊を手放したら……さみしいっていう情がわくんだろう。


「兄さん」
「……なんだよ」
「ううん、なんでもない」


嬉しそうに笑う幸太を手放せないんだろう。




END




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