背反思考




その時赤目の男の人は私の言ったことに反応を示した




「…ハッ、ガキが何言ってやがる」

『…おこってるよね』

「……」




もう一度言うと男の人は黙ってしまった。
なぜだか背は大きいのに、なんだか小さく見えてしまった
その肩がすこし震えているような気がした。
でもそれは怒ってるとか、そんな感じじゃなくて。




『…泣いていいんだよ』

「…何?」

『おばあちゃんが言ってたの。「本当に辛くなった時は泣いてもいいんだよ」って』

「くだらねぇ」

『うん、そうだね。わたしもくだらないと思ったの』

「……」

『でもね、わたしが泣かないでいるとね。おねえちゃんかいもうとが先に泣いちゃうの』




――悲しげだった
私が言うと赤い目が私を凝視した

私は昔から泣くとか甘えるとかが下手糞だった
それをみて、両親はよく手のかからない子と思う反面、大丈夫なのかと不安にさせていた

その時にいつも近くにいて励ましてくれたのは姉妹だった

私が泣かないでいると二人で一斉に泣きだして、私の涙を無理やり引き出させていた。
私が甘えれないでいると二人で私の手を引っ張って、お父さんに突進という名ののしかかりをしてみたり。




『おしこめているとね、だれかを傷つけちゃうの。だから、おしこめておしこめて、ほんとにつらくなったらおねえちゃんといもうとといっしょに泣くの』

「くだらねぇな、…その姉妹がいなくなったらおまえはどうすんだ」

『……そのときは、』





――その時は、どうするんだろう。





















「本当にテメエとあいつらは関係ないんだよな」

『…ない』



これでこのやり取りは何十回目だ。数えるのも面倒なくらいこの確認作業はしたと思う
あの後、本部に帰路についたはいいが、直線距離でさほどかからないこの短い時間で、銀髪剣士からの質問のオンパレードだった

さっきから関係ないと言っているのに、いい加減キレるぞ

そうして談話室に幹部の皆が集まっているというので、談話室に向かっていた。だが途中でもまた銀髪剣士に見つかってしまい、またこの質問の応酬だった。

しかしまともにこの本部を出歩いた事のない私にとっては、銀髪剣士という目印を見失うわけにはいかず。





「う゛おぉい!着いたぜぇ!ぶふぉ!!」

『……』

ガシャン!!!





扉を開けた瞬間、ガラス瓶がスクアーロの頭で砕け散った。
私はとっさに首を曲げて避けた為に瓶の欠片に当たる事はなかったが、スクアーロは先ほどよりもさらに大きな濁声でボスに向かってどなり散らしていた

ここまで近くで銀髪剣士の濁声を聞いたことが無かった為、耳がきーんとした
ずかずかとボスのほうに大股で歩いていったスクアーロの後ろに続いて、談話室の中に入るとそこには幹部がすでに全員揃っていた
私とスクアーロが最後だったらしい

私の姿を見つけたオカマがコチラに歩いてきた




「玲夜ちゃん!よくここまで来れたわね〜」

『……』




ちらりとスクアーロのほうを見やると、ルッスーリアは納得したように手を叩いた
このオカマは私が此処の場所を知らないと思って心配していたらしい

そのままザンザスのほうに視線を滑らせると、ボスとばちりと目があった

――夢で見た男と同じ、赤い目

目があったと同時にザンザスは、まるでスクアーロから興味が薄れたかのように話を切り出した




「…嘘は許さねぇ、真実だけ言え」

『……はい』




もう逃げられない。嘘は許されない。
談話室のなかに緊張が走る。




「てめぇは何者だ」

『…紅人形、殺し屋』

「違ぇ、それの以前だ。てめぇは――エストラーネオの生き残り、そうだろう」

『…………はい』




小さく肯定した玲夜を見て、まわりは少しざわついたがボスは静かに「しかもテメェは元一般人、そうだろう」と付け足した

それも、正解だ。
私は元々普通に過ごしていた一般の人間だった。
裏社会なんてものに入る気もなく、人を殺すのですらテレビで見て怖いと思っていたごくごく普通のありふれた環境で育った人間だ

ただ、幼かったころは別の意味でのやんちゃだったが。


…エストラーネオファミリー。
私がこの世で一番口に出したくないし、口に出す気もない史上最悪のマフィアの名だ

落ちぶれたファミリーを復興させる為だけに、多くの子供達が犠牲となって死んでいった地獄のような場所
ファミリー復興の為の犠牲。そう言われ続け、何度も特殊弾に打たれ、身体にメスを入れられた
子供たちがいなくなるたびに、一般人から補充されてそしてまた実験は繰り返される

…そして私達もまた、その人間の一人だった




「う゛おぉい!!一般人がなんでその一件にかかわってんだぁ!!?」

『…私は知らないうちに拉致されていたんだよ。エストラーネオの人間の手によって』

「…そんな事って…」

『あったんだよ。奴らは手段は選ばない。私の両親と祖母を殺った後に、そのまま実験室行きだった』

「なるほど、それが君が一躍“紅人形”として有名になった一件に繋がるわけだね」




今まで無言を貫き通していたアルコバレーノが初めて私の前で話した。

あの、事件とは。ファミリー惨殺事件の事を言っているんだろう

アルコバレーノはふわふわと浮きながら、玲夜の手元に資料を出現させる
そしてそれをテーブルの上に置き、一点を指さしながら話し始めた




『……』

「素人目から見たら謎だらけのあの事件、実は君が残した穴があったんだよ」




そう言ってあの時のファミリーについて話し始める

あのファミリーは一見小悪党の格下だった。
しかし、君が加わった時から大幅に戦力がアップした。
でも、おかしいんだよね。君が加わった時からこのファミリーが納める地域一帯はなぜか強烈な貧困に襲われたんだよ

君が加わることで表のお金の流通が変動するはずは決してないのに。
ということは君以外に表の金を勝手に貪り、何かに費やしていたということになる。

それはつまり――




「玲夜、君はその場所で人体実験が公に行われていたことを知っていたんだね」

『……』

「それを知った君はその驚異的な能力を使って、ファミリーを全滅させるに至った。
その被検体も非合法のものだったんだろう、たとえば行方不明事件でいなくなった女子供なら、簡単に扱えただろうね」

『……もういいだろう?』




はじめて出たストップの言葉。
それは玲夜にとってそれ以上、私の領域を侵すことが許せなかったからだ。
何勝手に私を良い人扱いにしようとしているの。
私の名を忌み嫌い、避けていったのに今度は同情とかほんと笑わせる。

真実を話せとは言われたが、塞ぎかけた瘡蓋をはがして塩を塗りこむのはやりすぎだ

やってられない、と座っていた椅子から立ちあがった。

その時、最初に質問したきりで黙っていたボスがいきなり私の手をつかんだ




「…テメェにもうひとつ、聞きたいことがある」

『なんだ』

「テメェの目的は何だ」




――目的。それは最初入隊した時に「知ってる」と言っていたので話す必要はないと思っていたが…
言いかけた言葉を飲み込む。いや此処まで私の事を話したのは初めてだ。折角だから教えてもいいだろう

……コイツらは私の闇と同じ闇に殉じているはずだから




『……私の目的は――エストラーネオで離ればなれになった二人の家族を探すこと』

「…家族だとぅ?」




スクアーロがそのまま繰り返す。

…家族。
それは彼ら暗殺部隊にとってはほとんど無縁に等しいもの

剣の道を究める為に己の家族から縁を切った者
自らの手で壊して亡くした者
そして疑心から親を殺しかけた者

なんでそんなものと思っていたが、彼女の経緯を知る人はそうは思わないだろう




『…私にはもう二人しかいないからな』

「“本当に辛くなったら泣け”」




その言葉はまだ純粋だったころの私が、赤い目の怒りを腹に抱えた人に向けて贈った言葉だ

顔は覚えていないが、その瞳が兎のように赤かったことが頭の中にこびりついている。それが目の前の男の特徴に合致する




「…ボス?」

『……やっぱりアンタだったのか、赤目の人』




その言葉で疑心が確信に変わる。
周りの人はいつもは出てくるはずのない優しい言葉に少し驚いた様子で、自身のボスを見つめていた




「前に“姉妹がいなくなったらどうする”と聞いたな」

『……』




あの夢の中の話で、たしかその時私は何も言えなくなってしまった。
その時の私にとって姉妹は三つで一つのような存在だったからだ

今なら言える気がする。
私は自分の荒ぶる感情を抑えつける為に心を殺して、姉妹を絶対に見つけ出すだろう。と
でもその言葉はこの目の前の人たちには口にできなくなる。
私はだれにも頼ってはいけない、どうせ裏切られるのがオチだから…


ザンザスの機嫌をそこねてしまったのか、舌打ちとともに殺気が部屋の中に充満した




「――テメェの仕事を増やす。そこのカス鮫と書類整理の仕事を分担して行え」

『…話が違う、組織に組みすると言ったがそこまでする義理はない』




言われた命令は、暗に言えば「謹慎」。
そんな事をすれば、今日掴みかけた妹の行く先を見失ってしまうかもしれない。

――そんなのは絶対に許せない

確かに私はボスや銀髪剣士の命令を聞かずに勝手な行動をした

だけど私もこの8年間姉妹を探すことだけに、時間を費やしてきたのに
私はボスのそんな理不尽な決定に、抗議しようとしたとき、静かにもうひとつ言葉を重ねられる




「――その代りテメェが飲まず食わずの不眠不休で探してる“家族”ってやらの捜索をする」

『……!』

「泣きごとは許さねえ、これで文句があるんなら言ってみろ」




不器用な優しさが骨に染みた

私とボスは利用関係。それを逆手に取った等価交換
頼ってはいけないと思っているのに、なぜか心がほわりと温かくなって苦しくなる
こんな優しさを突き付けられたことなどなかった。


…彼なりの私への労いだったのかもしれない




『……すまない、恩にきる』

「ハッ、きこえねぇな」




私の方など一ミリも見ずに、酒を開けるボスに、私は案外いい人にスカウトされたかもしれないと思った

まあ、“いい人”なんてボスに言ったら憤怒の炎とかで焼かれて灰になってしまうだろうから、
絶対口になんて出せないけどな

…少しだけ気を張っていたいた為に緊張していた肩が、静かにほぐれた気がした


――頼ってはいけない
――頼りたい

止まった心の中に二つの心が玲夜の中で背反して、ゆっくりと動き始めた







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