プール
「水海(みずかい)、またサボってんのか?」
「……ちゃんと走ってます」
「だから、水泳サボったって事だろ?」
グラウンドを走ってる途中、先生が校舎の窓に頬杖を付いて話しかけてきた。ニヤニヤと笑う顔がムカつく。
私は体調不良(仮)でプールを休んだ代わりにグラウンドを走っている。10週とか無理すぎ。でも走らないとそろそろ単位が危ない。
だから走ってる。つまりサボってるのではない。
ぐるぐる走っていたコースから外れて校舎に近付く。汗が滲み出た。
「先生こそ授業は?」
「終わりましたー」
「早くないですか、サボりですか」
「違うっつの。今日の範囲が早く終わっちゃっただけだから」
「………」
あまりの言い分に白けた目線を送っていたら先生は左胸のポケットを探って、はたと動きを止めた。多分タバコを吸おうとしたんだろうけど、校舎内禁煙を思い出したってとこかな。そもそも生徒の前で吸おうとするのもどうなの。
「吸ってもいいですけど、学年主任に言い付けてやります」
「…ふははは。それより水海! プールばっか休んじゃダメじゃねぇか!」
「分かりやすい話題転換ですね」
「ほぼ毎回休んでるだろ?」
「女の子にはプールに入れない時があるんです」
「2カ月ずっと?」
「生理不順という言葉をご存じですか、ついでにセクハラ」
「最近、何でもかんでもセクハラセクハラって。ホントやりづれー」
先生は相変わらずニヤニヤ笑っていて、欠片もやりづらいって顔じゃない。まぁ私も欠片も気にしてないけど。ただの言葉遊びだし。
「そんなにプール嫌いなのか?」
「…ずっと泳ぐだけってツマラナイじゃないですか」
「ずっと走ってるだけもつまんなそーだけど?」
「それとこれとは別です」
言い切ってやれば先生の表情はますます楽しそうになるばかりで。もしかしてバレてるのかな。先生ってそういう(人の弱味を見つける)勘って鋭そうだし。
これ以上話してても分が悪いのは私だし、逃げようとしたが先生の方が早かった。
「もしかして水海、お前カナヅチ?」
ほとんど確信しているような響きだった。ていうか、それを言うために私に話しかけてきたのかもしれない。
無言でいるのは癪で、「泳げようが泳げなかろうが大して差はありません」と答えたところで先生は吹き出した。
「それ、ほぼ肯定じゃね?」
お腹を抱えて笑い出した。先生ってこんな笑い方もするんだー意外ー、じゃなくて。教師としてどうなの。生徒をこんなにバカ笑いしていいの。
「先生って教師向いてないですね」
「あはははっ、あー笑った。それにしても名は体を表すって言うのにな。残念だな、水海」
「…水と海ってだけですよ」
「水海 悠(みずかい ゆう)だろ? 確か、悠って水に漂うとか流れるとかそんな意味なかったっけ? あれ、無かったか?」
「…曖昧すぎませんか」
「漢字は専門じゃねぇんだよ」
でもさ、音的に水ん中を悠々と泳いでそうじゃね? なんて、したり顔で言われても泳げないもの泳げないし。
「それを言うなら先生だって水が入ってるじゃないですか」
「水海には負けるよ」
「そーゆー問題ですか?」
「俺のは響きが泳いでる感じしねぇから」
音だの響きだの、私にはよく分からない。でもそういう捉え方は好きかもしれない。
ぼんやり思っていると不意に先生が私の頭を慰めるように撫でる、というか触った。
「まぁアレだな、人間、得手不得手は誰にでもあるもんだし。水の中泳ぐ代わりに陸の上で精々頑張るんだな」
「…今更フォローされても微妙」
「冷めてんなー」
先生は面白そうに私を見下してタバコに火を点けた。て、結局吸ってるし。
プール、フール、ループ
「あ、先生。私の名前、悠って書いてハルカって読むんですよ」
「は? …え、でもユウちゃんって呼ばれて…?」
「先生と一緒だったり、あだ名みたいなものです」
「…へー」
「生徒の名前間違えるなんて教師失格ですね」
「……」
20120821
水海 悠 みずかい はるか
カナヅチな女の子。名前の読み方を間違われてユウちゃんって呼ばれて訂正しないでいたらそのまま定着しちゃった。
先生はどっかの先生です。分かりやすいですね、はい。
モクジ モドル