ひかりとともに

ヴォルデモートと同等の力を持っていながら呆気なく殺されてしまった。私には、あの魔法を使う事が出来なかった。
やらなければ、無駄死にするとわかっていながら。

奴をアルバスに突き出すことが出来れば、ジェームズとリリーを助ける事が出来れば。それだけの事なのに、遠く重たい。

最大にして最恐の禁断の呪文。
今ここに存在する生徒の中で、その呪文が持つ最大の能力を引き出せる人はいるだろうか。
心から相手の死を望み、至らしめるだけの力が必要だ。

―――苦しませず、一瞬で。

「ダンブルドア」
「は、はい」

呆けていた事がばれたのか、ムーディの両眼が私を見据えている。

「魔法法律により、最も厳しく罰せられる呪文が、わかるか?」
「…服従の呪文、磔の呪文です」
「ふむ、よく知っているな。グリフィンドールに10点だ」

ムーディが机の引出しから大グモの入ったビンを取り出した。と同時に、隣に座るロンと共に声にならない叫びを上げる。私もクモは大の苦手だ。

「インペリオ!服従せよ!」

クモはムーディの指示通り動いた。
あの暗黒時代、何人の魔法使いや魔女達が、この魔法により苦しめられたのだろうか。

「磔の呪文」

そう言うと、もう一匹のクモを肥大させ、どんと机の前に出した。
これには、私とロンは思いきり後ろに仰け反った。

「クルーシオ!苦しめ!」

その瞬間、大グモは苦しみ、痙攣し、激しく身をよじった。言葉では表せられない程残酷な行為だ。
クモに対する恐怖と、術に対する恐怖で意識を手放しそうになるが、ハーマイオニーの叫び声で何とか自分を取り戻した。

「やめて!!」

ハーマイオニーの方を見ると、隣のネビルが今にも倒れそうな形相で、わなわなと震えている。
術を解かれたクモは未だ苦しそうにもがいていた。

「次が最後だ。この呪文は、言葉通りだな。わかる者は」

ハーマイオニーが手を上げ、ムーディが指さした。

「死の呪い…です」

その声は少し震えていた。この後に起こる事態を想像しての事だろう。

「ああ」

ムーディが少し微笑むと、また違う1匹のクモを取りだし、杖を向けた。

「アバダ ケダブラ」

その瞬間、私は聞こえるはずもない死の音を聞いた。

―――私は、あの呪文で死んだ。
―――ジェームズも、リリーも、みんな、あの呪文で死んだんだ。

クモは飛ばされ、私たちの机の上でひっくり返り、ピクリともしない。吐き気がした。
クモが、自分に、ジェームズに、リリーに、見えた。

私は、こうやって死んだのだ。しかし、甦った。
ジェームズとリリーは還ってこない。どうして、私だけ?

「コウキ?」

ハリーが呼ぶ声は遥か遠く、彼方から聞こえた。
全ての風景が遠退き、白く縁取られて行く。その中に紅一点、私を見つめる悲しい目。

『―――――…?』

―――ヴォルデモート

「っつああ!」

ハリーの叫び声で我に返った。椅子から転げ落ちたハリーは、額の傷口を抑え痛みに体を丸めている。
私は、心臓を鷲掴みにされている感覚に息をする事が出来なかった。
今のは、現実だ。私が、私の中のヴォルデモートを呼んでしまったのだ。

「ハリー!」
「コウキ…」
「大丈夫か!」
「大丈夫です…すいません…」

冷や汗を垂らしながら、ハリーは席についた。

「大丈夫?」
「うん、大丈夫だよ、一瞬…痛んだだけだから」
「…では続ける。このような禁じられた呪文に、反対呪文は存在しない。これを受けて生き残った者は、ただ一人」

一同は一斉にハリーを見た。少しうつ向きながら、その瞳はどこか遠くを見つめていた。
…ジェームズとリリーの事を考えているのだろうか。

「ハリー」
「…」
「ハリー、大丈夫だよ」

だらりと下げられた手を握ると、ハリーの目にはっと生気が戻り、私を見た。

「…ありがとう」

その後は許されざる呪文について、黒板に書かれた事をたたひたすら書き取っていった。
私は無心に黒板を写すだけで、頭の中には何度も…この呪文で亡くなった人の事を考えていた。

「私、夕食…食べないかもしれないから、先に行ってていいからね」
「わかった…大丈夫?」
「うん。あと…ハリー、さっきはごめんね。傷が痛んだの、きっと私の所為だから…」
「大丈夫だよ、本当に一瞬だったし…無理しないでね?」
「ありがとう」

どうも食欲の沸かない私はリーマスの部屋に行き、落ち着きを取り戻そうと考えた。
が、行くまでに何度か人とぶつかってしまい、その歩みを止める。元気を出そうとしても、力が入らない。
このままではリーマスに心配を掛けるだけだ。きっと今私は無表情なのだろう。

「何をしている」
「あ…」

目の前にいたのは、セブルスだった。
今にもぶつかりそうな位置に立ち、片手で私の肩を掴んでいる。

「周りを見て歩く事もできんのか」
「セブルス…」
「ちっ…」
「うわあ!」

舌打ちをしたセブルスに腕を掴まれ、勢いよく引き摺られていく。もたつく足を一生懸命動かし、地下牢にあるセブルスの部屋へと通された。

「何をしていた」
「今日…」

言いかけた時、ふと頬に何かが流れるのを感じた。

「…」
「あ、あれ…何泣いて…」
「何があった」
「防衛術で…ムーディ先生が許されざる呪文を…」
「…奴の授業内容は耳にした事がある。あの術を今知り得る必要があるかは別だが」
「あの恐怖を、知っておくのは必要かもしれない」
「…ああ」
「私…っ」

涙が止まらなかった。
私があの呪文で死んだ事などわかっていた事で、ジェームズやリリーの最後だって知っていた。
だが、あの瞬間、私は恐怖に支配された。それは純粋に呪文への恐怖だろうか?確かに誰かが目の前であの呪文を受け絶命した姿は見た事など無い。
怖いはずなど無い。私はそれに立ち向かっていくだけの心の準備はもう出来ているのだから。
なのに、どうして、何故。

『―――…ああやって死んだのは、何回目?』

あの呪文を目の前にした時、確かに頭の中で誰かがそう言った。

「お前は、あの呪文を受けた事があったのだったな」
「ん…」
「恐ろしかったか」
「ええ…」
「あの呪文は…あの時代の沢山を亡き者にした」

そうしてセブルスも囚われているのだ。
彼の一番大切な物を奪った力に、守れなかった自分に。

「私…どうして生きているんだろう」
「どういう意味だ」
「あの呪文は肉体では無く魂を奪う物なのに、私は死ななかった」
「ヴォルデモートは、お前は死んだと言っていた。そしてやり直すとも」
「やり直す?」

テーブルを挟んで向かい合うセブルスが溜め息を付き、組んだ手で眉間を押さえた。何か思案する時の癖だ。

「お前の事をヴォルデモートは詳しくは話さなかった。信頼を置いている奴等ですら、誰も知らないだろう」
「替えが効く?それとも…私がまた戻る事を、知っていたのかな」
「奴は常にお前を探している。正確にはその魂を、だろう。甦る事に確信を持っていた。何か知り得た事はないのか?」

私は何度も甦る?だから、何度も死んでいる?
しかし私の覚えている範囲ではまだ一度きり。本当にそうなのだとしたら、記憶を無くしているだけで、私は何度もこの世界で生きてきたのだろうか。

「お前は、我輩の進む道が辛いと言ったな。あの時、お前が使った力は何だ?」
「え?おまじないの事?」

―――深く暗い闇の中に、光を齎すその命

「あれは…守りの力だと、勝手に思っていたんだけれど…」
「あの靄が我輩の体内に入った時、陽の気が溢れた。恐怖で人を支配する事等簡単だが、あんな事をやってのける人間は見たことが無い」
「リーマスも、それで落ち着くの。満たされる感じがするって言ってた」
「それが、何の力で、どうしてお前に使う事が出来るのか。それを調べるべきではないかね?」
「何かを奪う禁じられた呪文が陰の術だとしたら、この与える力は、対の陽の術である可能性があるって事よね」
「そうなるだろうな。その力をヴォルデモートが欲するのも理解出来る。そして死なない理由にもなるのではないか?」

どんどん難しくなっていく話に正直付いていけなくなっているが、セブルスの唱える説は確かに納得出来る物だ。

私がこの世界から居なくなったと考えているヴォルデモート、本当は残った私。そしてもう一度探し始めているのだから、私の知らない私がまだ何処かにいるのだ。

奴は私が何者なのかを知っている。ならば本人に話を聞くのが一番早いが、また殺され力を奪われてしまっては意味が無い。
以前よりも干渉が少ないこの体でいられる内に、対抗できる力を身に付けなければならないだろう。

「…ごめんなさい、セブルス」
「何に対してかわからんな」
「私、知ってたのに、」
「お前が自分を責めた所で何か解決するのか?」
「しない、けど」
「ならばつまらん物言いをするな。私がいる、と偉そうに言っていた奴がそんな腑抜けでは頼る気にもならん」
「頼る気さらさら無いくせによく言うよ…」

言い方に難有りだが、この状況は完全にセブルスに慰められている。
あの日からずっと戦ってきたセブルスと、ぽっと出の私では心構えが全然違うのだろう。
私もくよくよしている場合では無い。目標の為に、やらなければならない事は沢山ある。

「さっさとルーピンの所へ行ったらどうだ。我輩にお前を諭している暇は無いのだが」
「教師は生徒を諭すものでしょうが」
「生徒という立場を主張するのなら、今までの態度に対して大きく減点をせねばならんな。グリフィンドール、」
「わーわー!やめて!ごめんなさい!」

転がるように急いでセブルスの部屋を出た。
さっさと寮へ戻って寝てしまおうと談話室に入った時、一斉に寮生に囲まれ質問攻めに驚愕する。
どうやら廊下を引き摺られていた所やセブルスの部屋に叩き入れられた場面を目撃されていたらしい。

「なにがあったの?」
「ちょっと昔の話をしてただけなんだけど…」

ぼそぼそとハーマイオニーに伝えると、安心したように輪から抜け出していった。
いや、ちょ、私も輪から出して欲しい。

学校の先生方が私の親代わりになっていた事は周知の事実であり、結局、セブルスを恐れていない私が彼の部屋に悪戯をしたのがバレて怒られたという話に落ち着いた。
優等生というお墨付きである私には、非常に心外な結論である。

その噂が学校中を巡り、リーマスには笑われセブルスには結局減点されるという落ちが待っていた。

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