明けた夜

「おい、ちゃんと歩け」

先頭からリーマス、私、ピーター、シリウス。そして一歩分距離を空けセブルス、ハリー達の順番で暴れ柳を脱出した。

私とシリウスが端を掴む紐で繋がれたピーターは、逃げ出そうと体を捻るが、無駄な動きをすればする程食い込む仕様だ。残念ながら絶対に逃がす気は無い。

「そう言えば、今日は満月…」

ハーマイオニーがそう呟いた時、リーマスが足を止めた。私達も続いて立ち止まる。

「ねえ、まさか」
「に、逃げてくれ」
「今日の脱狼薬を飲んでいないの!?」

雲に隠れていた月が姿を現し、リーマスの体がめきめきと形を変え出した。

「散々になっちゃ駄目!シリウス!最短ルートで皆をホグワーツに!セブルス、紐持って!」
「こっちだ!」
「コウキは!?」
「大丈夫!はやく行って!振り向かないで!」

リーマスの体を抱き締めたまま、皆が走り去るのを確認した。腕力では負けるが、能力では負けない。
興味があちらへ向いてしまった時、止めることが出来るかは五分五分だった。

「リーマス、聞こえる?」
「ぐ…っ…」

私の腕を振り切り、そのまま後ろに飛び退き唸る。
体勢を低く構え、いつ飛び掛かかってくるかわからない。じりじりと間合いを取りつつ、互いに隙を探していた。

「リーマス」

私がそう呟いた時だった。
少しずつ開けていた間合いを、その跳躍力で一気に詰め私に飛び掛かる。
肩口に噛み付いたリーマスと、足を滑らせた私は重なったまま森に転がり落ちた。

「いっ…!」

今日何度目になるか…木の幹に頭をぶつけ、転がり落ちた体が止まる。この数時間でいくつ脳細胞が死んだだろう。
体勢を整える間にリーマスがいない事に気付き、森を見渡すが暗闇の中では非常に無力。
空を見遣れば、満月が雲に隠れそうになっていた。この森では目立つ銀色の人狼である内に見付けたい。遠吠えが聞こえた方へと走り出した。

「居た…!」

私を目視した瞬間、戦闘体勢に入るリーマスの足元を魔法で掬う。
直ぐに立て直し、飛び掛かろうとするリーマスより一足先に飛び付いた。バランスを崩し地面に転がるが、そのまま振り切られないよう腕を回し、一息付く。

「はっ、はぁっ、やっと…っ、捕まえた…」

唯一自由に動く頭を持ち上げ、頸動脈目掛け牙を向く。彼のその動きを確認し、私は目を閉じた。
血を流したり、体が生命維持を出来なくなったくらいでは死なないのだから、痛いくらいで済む話だ。

「リーマスになら、食べられちゃってもいいかな」
「…勘弁してくれ」

閉じていた目を開けると、そこには人の姿に戻ったリーマスがいた。
久し振りの再会だというのに、お互いこんなぼろぼろになり、血も汗も流し酷い有り様だ。今だって草の上に転がっている。
頭に血が上り、すっかり脱狼薬を飲んでいない事を忘れていた。というより私があの本を読んだのももう遥か昔だ、忘れていて当然かもしれないが。

「すまない、君を傷付けてしまった…」
「大丈夫。私がリーマスに、皆にしてしまった事に比べたら、ちっぽけな事だよ」
「いや…本当に、本物のコウキかい?消えたりしない?」
「そう。消えないよ、消えないから…確かめて」

肩を押され、夜空を仰ぎ見たのも束の間、噛み付くような口付けが降り注ぎ、答えるように両手でリーマスの頬を包んだ。
いつまでそうしていたか、気付いた時にはお互いの涙で更に顔が酷い有り様になっているのを笑い合った。

「あの時、何があったのか、聞いても?」
「…強制的にヴォルデモートの所へ引き寄せられたの。あの時の身体は、ヴォルデモートの魔力として還ったんだと思う。残った魂は、夢として見ていた時空の間、精神世界?を漂って…」

―――色んな事がわからなくなって、体を失った私は記憶すらも無くしていった。
だがある日、誰かが私を呼んだ。懐かしい声だった。私にはやりたい事があって、助けたい人達が居て、伝えたい事があったのだと思い出した。

気付いた時にはふわりとした霊体のような自分が存在していた。全然力が足りなくて、遣り方もわからない。
…でも、何でもいい。あの世界に帰れるなら。幻覚だったのかもしれない、でも目の前に現れたリーマスが、私を呼んでくれたから。

「力の反動が大き過ぎて、また記憶を飛ばしてしまったのだけど…リーマスのお陰で、思い出せた」
「私はずっと、生きた心地がしなかった…君が、戻って来てくれて本当に、良かった」
「一番辛い時に…傍に居られなくて、ごめんなさい…」

涙が溢れた。
ジェームズとリリーを助ける為に。
シリウスをアズカバンに入れない為に。
ピーターをヴォルデモートの配下にしない為に。
リーマスを一人にしない為に―――

結局、何も出来なかった。
自分はあの世界に戻る事は出来なかった。

「…どうやったって変えられない未来、動かせない運命の歯車だって、あるんだ」
「どうして、知って」
「―――考えたんだ、君がいなくなってから。いつも先を見ている人だったから。もしかしたら、こうなる未来を知っていたのかもしれないと」
「黙っていて、ごめんなさい…」
「僕も結局、君には何も言えなかった」

取り返せない過去の過ち。それは自責の念として私を襲う。
だが、今から出来る事も…きっとある。
何をしたって、亡くした人は帰ってこない。ならばその人達が残したもの、託したものを守って行こう。

「リーマス、聞いて欲しい事があるの」
「なんだい?」

この人と一緒に、生きたい。

「ずっと、ずっと前から…私、リーマスの事が、好きなの。これから、も、一緒に、居て欲しい」
「勿論だ。君を愛してる」

太陽が地上を照らすと共に、私達の夜は明けた。

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