もっと聞かせて

「…コウキ…!?どうしてこんなところに!」

遠くの方で声が聞こえた。
ずっと聞きたかった、懐かしい声。

「リ、…」
「コウキ…?」
「っ…!」

頭に激痛が走り、緩い夢を漂っていた意識が一気に現実へと引き戻された。
辺りは真っ暗な夜では無く朝日が出てきたばかりの早朝のようだった。

「っ…ルーピン…先生?」
「…コウキ?大丈夫かい?どうしてこんなところに」
「誰かに、呼ばれて…ここは…?」
「外だよ、何かあったのかい?医務室に運ぶよ、さあ―――」
「コウキさんの記憶が―――先生方と一緒に、ホグワーツにいた頃の記憶が…」
「何、だって?」
「コウキ・ユウシ…先生の好きだった人、ですよね?」
「どう、して」
「少しだけ、見たんです、多分、あれはあの人の記憶…いっ!」
「いけない、首に、手をまわせるかい?」

いつもより顔色が悪い先生に、抱えられるように抱き上げられた。
涙が止まらない。私の中の何かが必死に思い出せと訴えていた。

「ミス,ダンブルドア!いったいどこへ行っていたのですか!?」
「事情は後です、まずはベッドへ」
「大丈夫です、ごめんなさい…マダム,ポンフリー…」
「今はまだ、聞かないであげてはくれませんか」
「わかりました。ですが、しっかり休んでもらいますよ!」
「ありがとうございます。コウキ、また来るから、今はあまり考えないように。わかったね?」
「はい…」

考えないようにと言っても…あまりにあの人の記憶は眩しかった。
ハリーにそっくりなご両親や先生、シリウス。
毎日楽しそうに、このホグワーツで生活をしていた。あのスネイプ先生ですら、笑っていたんだ―――コウキさんの前では。



ハリーと同じように週末いっぱいまで病棟での安静を宣告された後、月曜から授業に参加する事が出来た。

復帰してからはマルフォイの冷やかしが激しく、ついには魔法薬学の授業中にロンがキレて50点減点されてしまった。
いいぞもっとやれと思ったけれど、減点を食らった張本人のロンは落ち込んでしまい、慰めるのが大変だった。

昼食後の授業は防衛術で、やっとルーピン先生が授業に復帰していた。何度かお見舞いに来てくれた時よりもやつれたように見え、それでも微笑む表情が焼きついた。
スネイプ先生が代理をやっていた授業とは雰囲気から何もかもが違い、皆生き生きとしていた。
何度も言うが、少し贔屓が過ぎるだけで、スネイプ先生そんなに悪い先生じゃないんだけれども。

「ハリー、ちょっと残ってくれないか。それとコウキ、後で私の部屋に来てくれるかい?用事があるんだ」

ハーマイオニーと談話室で宿題の話をしている途中、ハリーが帰って来たので入れ違いにルーピン先生の部屋へと向かった。

「どうぞ」
「失礼します」

いつもと変わらない部屋だったが、日に日に授業に使う不思議な生き物が増えていた。次の授業ではどの生き物を使うのだろうか。

「試合の事聞いたよ、本当に無事でよかった。それと、パトローナムを呼んだんだって?」
「あの、白いやつですよね。私、意識して呼んだわけでは無いんです、気付いたら唱えていて…」
「そう、か。…君は、記憶喪失になった事はあるかい?」
「いえ、無いです…でも…」
「うん?」

物心ついた時からの私の記憶はしっかりとある。 でも…あのコウキさんの記憶…いや記録と言った方がいいのだろうか?あの時流れた走馬灯は、他人の記憶とは到底思え無いような暖かさを持っていた。

「自分でも知らない自分が、居る気がして」
「それは、ずっと前から?」
「違います、今年から…前に、夢の話をしましたよね?人狼の…あの夢は、昔から見るんです。でも今年になって全てが鮮明になった」
「そうか…」
「コウキさんは、ヴォルデモートと、何か関係があったんですか?」
「…どうしてだい?」
「あの満月の日…気を失う前に、声が聞こえて。絶対に許さないって」
「そう…そうだね。彼女は、ヴォルデモートに必要とされた人だったんだ。強く、気高い女性だった。けれど…力が不完全なままで、きっと、ヴォルデモートに」
「そう、だったんですか…」

自分とあの女性は、何か関係があるかもしれないと感じていたのだが、それは思い上がりだったのかもしれない。
ヴォルデモートに立ち向かう程勇敢では無いし、魔力も人並みより上ってくらいで、大したものじゃない。
親も、血の繋がりも無い私の、何か…切っ掛けになるかもしれないと思ったのだが。

「もしかしたら、君は自分でも知らない何かを持っているかもしれない。また、何か異変があったらすぐ教えてくれないか?」
「わかりました」



クリスマス前のホグズミード行きの土曜日を迎えた。
シリウスの所へ行くのに、最適な条件が揃うこの日を逃す訳にはいかない。ハーマイオニーとロンにお土産を頼み、ハリーと共に学校に残る事にした。
皆を見送った後、居残り組のハリーと二人でグリフィンドール塔へ向かっている所で後ろから声を掛けられた。

「ハリー、コウキ!」

聞き慣れた声に振り向くと、フレッドとジョージが隻眼の魔女の像の後ろから顔を覗かせていた。
また何か面白い事をやっているのだろう。私達は直ぐに彼等の下へ近付いた。

「さあ、これを見てくれ―――われ、ここに誓う、われ、よからぬことをたくらむ者なり…」

広げた羊皮紙にジョージが杖を当てる。呪文を唱えると、杖が触れた部分から細いインクの線がクモの巣のように広がり始めた。

『ムーニー、ワームテール、パッドフット、プロングズ
我ら「魔法いたずら仕掛人」のご用達商人がお届けする自慢の品―――忍びの地図』

出来上がったそれは、ホグワーツ敷地内の地図。更には私も知らないような抜け道や隠し部屋の位置まで記されている。

「すごい…」
「じゃあ、ハニーデュークスで会おう!」

しっかりとハリーに地図を握らせ、二人は満足げに廊下を走って行った。

「行く?ハリー」
「もちろん!コウキは?」
「私は大丈夫。でも、気を付けてね。見付かったりしたら大変だもの」
「わかった。でも、本当にいいの?」
「ええ、楽しんできて」
「じゃあ後で!」

そう言い残し、ハリーはホグズミードに続く道がある像の後ろへ消えた。
気を付けてとは言ったものの、私自身も今から模範生としては失格の行動に出るのだ。しもべ妖精達からバスケットを受け取り、気を引き締めて禁じられた森へと足を踏み入れた。

「シリウス…?」

都合の良い事にハグリッドもホグズミードへ行っているのか留守のようで、特に何かを掻い潜る事もなく、すんなりと森の奥へと進む事が出来た。
大木も珍しくはない森林だが、その中でも一本堂々と立っている木を見付けた。木の幹には穴があり、人が5人程入っても余裕がありそうだ。身を隠すにはうってつけの場所だろう。

「シリウス、いる?」
「コウキか?こんな時間に珍しいな」
「今日はホグズミードの日だから、先生も生徒も出払っているの。はい、サンドウィッチ」
「ああ、ありがとう。そうか、それにしても、その…そうだな、パッドフットと呼んでくれないか?本名では誰かに聞かれた時に面倒だ」
「パッドフット…って…魔法いたずら仕掛人?」
「何故それを?」
「ついさっき、ハリーと一緒に忍びの地図ってやつを見ていて…」
「忍びの地図?今ハリーが持っているのか!何て事だ!流石はジェームズの子供だ」
「じゃあ、あれを作ったのはシリウ…じゃなかった、パッドフットなの?」
「ああ、そうだ。学生時代にな。懐かしい、まだあったのか」
「ねえ、もっと聞きたい。昔の話、いい?」
「ああ―――そうだな、」

シリウスは時々懐かしむように、そして誇らしげに学生時代の話をしてくれた。
私が今ルーピン先生が気になると言えば、難しい顔で暫く悩んだ後に「お前なら或いは…いや、無理か…だがな」と一人でぶつぶつ言い出してしまったので直ぐに話を逸らした。やはり一筋縄ではいかない人のようだ。
昔の話を聞く度、私の中が満たされて行く感覚を覚え、そして同時に虚無感にも襲われる。何故、どうして、と形の無い疑問が浮かんでは消えていくのだ。

「あ、もうこんな時間…そろそろ戻らなくちゃ。ありがとう、パッドフッド」
「ああ、気を付けて戻れよ」

ずっとここに居たいと思うが、そんな事を仕出かした日にはあのアルバスですら怒って罰則を言い渡すかもしれない。急いでホグワーツ城へと戻った。
真っ直ぐ談話室へと戻ると、ロンとハーマイオニーがそわそわしながら男子寮の前で立ち話をしていた。

「どうしたの?二人とも…ハリーは?」
「それが…」

ハーマイオニーが重い口を開いて、パブであった事の一部始終を話してくれた。

「シリ…ブラックが…?」
「ええ、みんな、そう言ってたの…ハリー、全部聞いてしまって…」
「自分の親が、親友の裏切りで死んだなんて、ショックでたまらないよ、きっと…」
「私、ちょっとハリーの所行ってくる」

シリウスがそんな事するはず無い。私が彼と過ごした短い時間では、彼の人となりなんて理解できるはずも無いが、私が最初に感じた物は間違っていないと言える。
男子寮の階段を上り、ハリー達の部屋へと乗り込んだ。

「ハリー?」
「っ…」

私が入ってきた事に驚いたのだろう。ハリーがびくりとベッドの中で震えたが、答える気が無いのか無言を貫く。

「ハリー、間違っても、ブラックを追いかけたりしちゃ駄目よ」
「どうして」

完全に塞ぎ混んだハリーの心をほどくのは容易では無い。ベッドに腰掛け、肩を撫でる。

「ブラックが、貴方の事を狙ってるかもしれないんでしょう。貴方が勇敢なのはわかっているけれど、命を差し出すような事なんてしちゃ駄目」
「ディメンターが僕に近付く度に、何が見えたり、聞こえたりするか、知っているかい?」
「いいえ…」
「母さんが泣き叫んでヴォルデモートに命乞いする声が聞こえるんだ!そう簡単に忘れられるものか、親友に裏切られただなんて…」
「それで、貴方に何か出来るの?まさか、ブラックを殺したいだなんて言わないわよね」

度々会うシリウスの顔が浮かぶ。
あの人がそんな事をするはずが無い。あんな幸せそうな顔でハリーの両親について話す人が?これは何かの、間違いなのだ。シリウスも、嵌められたに違いない。

「ハリーのご両親が、貴方が命の危険を犯す事を望むと思っているの?」
「父さん母さんが何を望んだかなんて、僕は一生知る事なんか出来ないんだ!ブラックの所為で!」
「何を言っているの、命を掛けて貴方を守ったご両親よ?何を望んだかなんてわからないだなんて…それじゃあご両親が報われないわ!」
「コウキに、両親を殺された僕の気持ちがわかるはずない!」

ハリーはそう言い終えた時、はっとして口をつぐんだ。言った事を後悔しているのであろう、目を泳がせ次の言葉を探している。

「ハリー、お互い頭を冷やしましょう。考えすぎないで、おやすみ」

そう言い残し、男子寮を後にした。
談話室へのドアを閉めたところで、心配そうなロンとハーマイオニーと目が合い、曖昧に微笑む。

「コウキ、顔色が悪いわ…」
「大丈夫だよ、ロン、ハリーをお願いね。先に寮へ戻るから」

私はそのまま女子寮へと入り、ベッドに潜った。
何故、脱獄したシリウスがホグワーツにいるのか。これからシリウスはどうするのか。ハリーの両親はどうしてそんな結末を迎えなくてはいけなかったのか。全て聞けば解決するだろうか?
私自身の事も、わからないことばかりだ。どうしてこんなに悲しいのか、今にも涙が溢れそうだ。

明日から、クリスマス休暇だ。こんな気持ちは早く拭い去ってしまいたい。

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