わたしとわたし

『コウキ』

名前を呼ばれ、はっと目が覚めた。夜の医務室は静まり返り、カーテンの向こう側にいるであろうハリーからは寝息が聞こえる。
夢、か。

『―――』
「っ…!」

頭の中に響くような感覚に、思わず横になっていた体を起こした。
―――誰かが、私を呼んでいる。
ベッドから降り、足音を消しながら入り口へと向かう。拍子抜けする程あっさりと医務室、校内から出る事が出来た。
外は、ディメンターがいる所為か、背筋を伝うような寒気を感じる。肩を抱きながら、導かれるように禁じられた森へと向かった。

「…そこにいるのは、誰?」

カサリと何かが動く音がした。目を凝らすと暗闇に浮かぶ双眼。月の光により輪郭が見え初め、そこにいるのが黒い獣だと言うことに気付いた。

「…犬?おいで」

全体が月の光に照された時、やせ細った黒い犬がのそりと私に向かい歩いてきた。警戒した様子で喉を唸らしている。

「シリウス」

犬がびくりと反応し、威嚇する。その様子よりも、自分の口から勝手に人名が出た事に驚く。

「…え?私?どうなってるの…」
「お前、コウキか…?」

はっとして前を見ると、先ほどまで犬がいた位置に、ぼろぼろになった男性―――シリウス・ブラックがいた。

「シリウス・ブラック…?どうして、私の名前を」
「コウキじゃ…無い?お前の名前はコウキと言うのか?」
「う、うん…」

恐ろしくて動けないという訳では無く、ここから離れたくない。そう思った。
酷く懐かしい―――どうしてだろう。ルーピン先生に会った時とはまた違う、心臓がどくんと大きく鼓動を鳴らすのがわかった。

「お前、どうして犬が私だとわかった?」
「わからない、けど…口が勝手に…」
「よくわからないな?お前、俺が怖くないのか?」
「う、うん…」
「そうか…」

少し、沈黙が続いた。私が切り株に座ると、シリウス・ブラックは少し距離を置いた向かい側に腰を下ろした。

「あの、貴方が言うコウキと言う人について、教えて頂けませんか」
「…昔の友人だ。ホグワーツの生徒だった」
「その方、今は?」
「今何処に居るか、誰も知ることは出来ない。生きているのか、死んでいるのかも」

ぽつり、ぽつりと、シリウス・ブラックは懐かしむようにその女性について教えてくれた。

「コウキ・ユウシ。そうだな…さっきお前を見たとき、まさにそのコウキだと思ったくらい似ているんだ。纏っている雰囲気や、魔力というか…」
「私と似ている人…」
「不思議な奴だった。一番辛いのはリーマスだろう」
「リーマスって、リーマス・ルーピン?」
「ああ、そうだが、何故知っている?」
「今私達に闇の魔術に対する防衛学を教えてくれている先生なの」

ルーピン先生は、学生時代の話を深く話す事は無かったが、特にその女性については何も教えてくれなかった。うまく誤魔化し、流されるという様に。
もしかしたら、シリウス・ブラックが感じたように、思っていたからなのかもしれない。

「私、コウキ・ダンブルドア」
「ダンブルドアだって?」
「うん。そのダンブルドア。グリフィンドールの3年生。もし良かったら、これからも話を聞かせて欲しいのだけど」
「おいおい、私は指名手配犯だぞ。もう少し危機感を持ったらどうだ」
「ううん。貴方は悪くない。そう感じるから、怖くない」
「おかしな奴だ。あのコウキもそんな奴だった」

シリウス・ブラックはくくっと喉を鳴らして笑った。この人は嵌められたのだ。無実なのに、アズカバンに入れられていたのだ。証拠など何も無いのにも関わらず、私の中で確信めいた物があった。

「そういえば、私を…いやコウキって名前を呼んだ?私がここに来る前から、ずっと」
「いや、呼んでいないぞ」
「そう…まだここにいるんでしょう?次は何か食べ物を持ってくるから」
「いいのか?すまないな」

シリウスは犬の姿に戻り、私が見えなくなるまで禁じられた森の入り口で尻尾を振り見送ってくれた。

雲一つ無い夜空に一つ、満月が浮いている。
人狼―――あの夢の何かがわかるかもしれない。戻ってきた道を引き返そうとして振り向いた瞬間、ふと脳裏に暴れ柳に向かう自分がフラッシュバックした。
そこに行けとでも言うのだろうか?シリウスの事といい何故か確信出来る事があった。

過去に存在し、消えてしまったもう一人のコウキさん。満月の下に佇む黒髪の女性。彼女がきっと―――

『コウキ―――』

また、あの声だ。いつもよりはっきりと、その寂しそうな声が重く響いた。あの夢と、私がリンクしているのであれば、どこかに人狼がいるのだ。

『会い、た、いよ―――』
「誰、誰なの、私じゃない、私は違う…」

ガクンと膝から崩れ落ち、徐々に重力に逆らう力も抜けていく。


―――リーマス、シリウス、セブルス…

ジェームズ

リリー

ピーター



頭の中に、映像が流れてきた。楽しかったあの頃。幸せだったあの頃。
あの中で…笑っていたのは誰?

「コウキ」

ヴォルデモート
絶対に、許さない。

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