手紙

※昔阿部と付き合ってた三十路花井のはなし ※死ネタ









俺が阿部の死を知ったのは、じめっとした雨季の終わりの頃だった。


仕事を終え、こちらで借りているアパートメントに戻るとポストに手紙が一通入っていた。カタン、と音をたてて蓋を閉め、取り出した手紙は日本から届いたものだった。
シンプルな白い封筒に記載された懐かしい母国の文字は、これまた懐かしい高校時代の友人の名前だった。


廊下ですれ違った同じ階に住む住人と挨拶を交わし、自分の部屋のカギを開ける。
俺の暮らす403号室は門部屋で、他の部屋よりも少々広い。窓は朝日が眩しい東向き。夏なんかは、カーテンの隙間から差し込む太陽の光のあまりの熱さで目が覚める。そんな暑さは今はまだ身を潜めていて、穏やかな光が起床を促してくれる程度だ。
ここ数年滞在している東ドイツのこの地域は、夏と冬の寒暖差がとても大きくて未だに慣れない。日本の真夏に比べれば大したことはないが、突然気温が上がるものだから身体が変化についていかなくて体調を崩すこともあった。そのうちやってくる猛暑を思うと気が重くなる。

着ていたジャケットを脱いでハンガーに引っ掛け、部屋の中央に置かれた二人掛けのソファに座る。ゆっくりと息を吐きながら背もたれに身体を預けた。
年代物のソファはこの部屋の前の住人が置いていったものだ。最初こそ他人の使っていたものだと気になっていたが、今となっては愛着すら湧いている。俺よりも長くこの部屋に住んでいるこのソファが、まるで同居人のように感じられていた。
深い緑色のソファはどうやらフランス製らしいが、学生時代、あいつと住んでいた部屋で使っていたものになんとなく似ていた。懐かしいと感じるのは、それが一因しているのかもしれない。

左手に掴んだままの手紙に目をやる。いつの間にかかいた手汗のせいで、じっとりと湿っていた。

差出人は栄口勇人。高校時代、共に汗を流した野球部の仲間。
その人柄を表わしたような柔らかな筆致は、今回に限って俺の心を乱した。
はやく封を開けたい。開けたくない。もう長いこと連絡をとっていなかった旧友からの報せが、俺に何を告げようとしているのか。メールではなく手紙なのだから、急ぎの内容ではないのだろうか。そういえば、メールアドレスは野球部の誰にも教えていなかった気がする。そもそもここの住所も知らないはずだ。俺の親に聞いたのだろうか。胸の奥がざわめいた。震える指先で、そっと封を切った。



花井へ
久しぶりだね、お元気ですか?俺は元気にやってるよ。ドイツの生活には慣れたかな。
といっても、そっちへ行ってからもう二年目なんだってね。
花井のおばさんに、今はドイツに居るって聞いて驚いたよ。俺が花井の居場所を把握してたのはニューヨークまでだったから。
高校生の頃から英語が得意だったけど、我が西浦野球部からまさかこんなワールドワイドな職業に就く人材が輩出されるとは思わなかった。
こんな話、OB会で真っ先に話しそうなことなのに、おまえはまったく顔を出さないからこんなとこで言うことになっちゃったよ。
まぁ、といっても日本にいることすら少ないんだろうし、しかたないか。でも、他の連中もおまえに会いたがってるよ。
田島は相変わらずすごい奴で、去年のシーズンでまた首位打者だったよ。日本のプロ野球事情は、そっちじゃニュースにならないかな?ドイツは野球よりサッカーだもんな。
あと巣山んとこはなんと二人目が生まれて、この間三橋と一緒にお祝い持って行った。女の子なんだけど、目元なんかが巣山にそっくりで凛々しいんだよなぁ。当の巣山はデレデレでさ、三橋と二人で笑っちゃったよ。
そういえばこの間地元に帰ったときに、駅前で泉に会ったよ。おまえのこと怒ってた。たまには帰ってこいって。

ちなみに俺もおまえに怒ってる。今月の19日、阿部が亡くなった。






つづく

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