坂道を上ったら

2000hitリクエスト ぬが様
※サラリーマン準太とサラリーマン阿部の話





 帰宅ラッシュの満員電車。
今日も今日とて仕事を終えて、電車に揺られている。
前に立っている女の高いヒールに足を踏まれ、さらに後ろに立っている中年男の持つカバンの角がふとももに当たっていて痛い。
人々の倦怠感が電車に満ちる。
窓の外を流れる景色も見なれたもので、それはもうすぐ自分が降りる駅に着くということを告げていた。
ドアが開くと、我先にと先を急ぐ人々の群れが改札に詰めかける。
あとは帰るだけなのだから、そんなに急ぐことないだろうと思いつつ、適当な列に並んだ。


「たーかや」

改札を出たところで、振り向くと準太がいた。
自分と同じくスーツ姿の彼は、目が合うとこちらに手を振った。

「準太さん」

駆け寄ってきた準太は俺の肩に手を置いて笑った。


 高瀬準太とは2年前から一緒に住んでいる。
俺の就職が決まったその日に、一緒に住もうと言われた。
俺の手を握り、じっとこちらを見詰めてそう言う彼に、気付けば頷いていた。
普通の人ならキザだと思うようなことでも、準太は平然とやってのける。
そしてそれが似合ってしまう、なんともずるい存在なのだった。
自分の武器をよくわかったうえで利用しているこの人は厄介だ。
その度に絆されてしまう俺もどうかと思うのだが、相手が準太だから仕方がない。
確信犯な準太の笑みを、ギリリと歯噛みしながらもサラリと流すことができない。
しかし腹の探り合いならばこちらも得意であるし、準太は俺に甘いという自覚もあるから優位に立とうと思えば立てるはずだ。
それでもそうしないのは、所詮惚れた弱みというやつだった。
準太が俺に甘いのと同じで、俺もあの笑みに弱いのだ。


「帰り一緒になるなんて珍しいですね」
「そだな。隆也の後ろ姿見つけたら疲れ吹っ飛んだ」

こうやってサラッとキザなことを言う。
さすがにもう慣れたが、いまだに耳が熱くなる。
もしかしたら赤くなっているのかもしれない。恥ずかしい。
そんな反応を見て楽しんでいるんだ、この人は。性格悪い。

「飯食った?」
「まだです」

冷蔵庫になんか入ってたっけか、と首を捻る準太の横を歩きながらふと思いつく。

「なんか俺、むしょーにゼリー食いたい」
「ゼリー?」
「はい」
「コンビニ寄ってく?」
「んー、はい」

 駅の目の前にあるコンビニに入ると、いらっしゃいませ、という店員のやる気の感じられない声に迎えられた。
準太はふらふらと雑誌の棚へ行ってしまったので、ひとりでゼリーを探すことにする。
陳列された商品を前に、視線を右に左にと動かした。
(エクレア、シュークリーム、プリン、プリン、プリン、…お、ゼリーあった。)
みかんがたくさん入っているもの、カロリーゼロのもの、準太はいろんなフルーツが入ってるやつが好きそうだ…などと考えていると、背後からひょいと準太が顔を出した。

「美味そうなのあった?」
「どれにしようか迷ってて…」
「あっ俺これがいい」

準太はいろんなフルーツが入ったゼリーを手に取って、左手に下げたカゴに入れる。
カゴの中には缶ビールが数本とおつまみが数種類入っていた。
俺は自分の予想が当たったのがなんだかこそばゆくて、鼻をスンと鳴らした。
それとなく準太の手からカゴを外してレジへ向かう。

 
 二人並んで坂道を登る。
俺たちが住むマンションは、長いうえに急な坂の上に建っていた。
ベランダからの眺めがきれいで、日当たりがいいところが気にいっている。
その代償とも言えるのがこの坂道で、毎回仕事帰りの身体に鞭打ってはせっせと足を動かさなければならない。
梅雨入りしたての空気はどこかむっとしていて、前髪の生え際に汗が滲んだ。

「はやくシャワー浴びてぇ」
「俺も」

駅の階段を急ぐ朝、この坂を上っているとき、学生時代に比べ格段に体力が落ちていることを実感する。
絶対に怒るので本人には言わないが、斜め前を歩く準太の背中もあの頃に比べ少し小さくなった気がする。
今でも野球は好きだ。しかし今の自分の大半を占めるのはやはり仕事のことで、野球から遠ざかっているのは否めない。
染みついたグラウンドの匂いが薄れるのと共に、俺の中に生れた言い様のない寂しさや虚しさが大きくなった。

「家着いたらすぐ冷蔵庫入れような」

これ、と言って準太は手に提げたビニール袋を顔の横まで上げる。
この人だって、ずっと野球をやってきた人だ。
以前より細くなった腕だとか、薄くなった胸板だとか、それこそ、こんな坂道で息切れしてしまうなんてと笑う表情にはどこか寂しげな影が射していた。
それでも準太が隣にいてくれることで俺は今の生活を好きでいられるし、準太もそう思っていてくれたらと思う。
家でビール片手にプロ野球の中継を見ながら、この選手の調子はどうだとか、この新人は将来有望だとか話して、たまに熱くなりすぎて口論したりする。
そんな野球との関わり方もいいと思えるようになった。

「結局なんのゼリー買ったの?」
「みかんがいっぱい入ってるやつ」
「一口交換して」
「はいはい」

この人の隣で、息を切らしながら上る坂道もいいなと思えてきたのだ。










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ぬが様、リクエストありがとうございました!

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