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僕らの今昔物語



「カカシさん?こんなところでなにやってるんですか?遅刻ですよ?」

慰霊婢に花を供えに行ったらカカシさんがいた。たしか今日の任務は11:00集合だと言って家を出たはずなのに……もうそんな時間とっくに過ぎている。

カカシさんはあたしの声にほんの一瞬遅れて振り返った。

「え?……はあ、またアイツら怒るなぁ。」

ため息を漏らして頭を掻いているけど、悪びれた様子はなく、ちょっぴり微笑ましそうに言った。
それから「ここに来ると、ついね……」と困ったように笑った。

十代の頃、両親が他界したあたしは慰霊婢でカカシさんに出会うことがよくあった。
ここで会うときカカシさんは決まって同じ顔をする。眉を下げて困ったように笑う顔。でも、笑っているはずなのに、今にも泣き出しそうに見えるからあたしはいつも慎重に言葉を選んだ。それに、声を掛けるまであたしに気がつかないほど悔やまれる過去に、触れる勇気はなかった。

カカシさんはあたしが抱えている花に視線を落として言った。

「名前はご両親に?」
「はい、最近忙しくて来られなかったから…」
「じゃあオレも一緒に行こうかな。」

どうしてあたしの両親のお墓参りにカカシさんがついて来るんだろう…と頭にはてなマークを飛ばしているとカカシさんがにやりと笑った。

「大事な娘さんと同棲してますって報告しておかないと…」
「ちょ!ばか!変なこと言ってないでさっさと任務行ってください!」

もう、本当にこの人は!
大体、あたしは居候であって同棲しているわけじゃないのに!……というか、任務は放っておいていいのだろうか。

「……名前のご両親は忍だったの?」

殉職者の慰霊婢に花を手向けたあたしを見て、カカシさんは微かに眉を上げて意外そうに言った。平凡なあたしの両親が忍だったというのは驚くのも致し方ないことだろう。

「はい……第三次忍界大戦で殉職しました。」

口にすると、今でも少しチクリと心が痛む。つい、重たい口調になってしまったせいか、カカシさんはどことなく遠い目をして「……そうか。」とだけ言った。あたしはなんて返事をすればいいかわからなくて「あたしは忍術、てんでダメなんですけど!」と慌てて笑顔を取り繕った。

「………」
「………」


なんとなく感傷的な雰囲気が流れて、あたしたちはお互いに黙っていた。ここに来るとどうしてもセンチメンタルになってしまう。
横目でこっそりとカカシさんを盗み見て、初めて慰霊婢でカカシさんに出会った日のことを思い出した。あの日も独り佇むカカシさんは哀愁を纏った表情をしていた。

「……ねえ、カカシさん初めてここで会った日のこと覚えてる?」
「名前が買った花を花屋に置き忘れてきた日でしょ?」
「違いますぅー!ていうか、それはもう忘れてください!!」

お店のお客さんとしてしか話したことがなかったカカシさんと知り合い程度の会話をするようになったのは確かにその日なんだけれど。本当に初めて出会ったのはそれよりもずっと前のことだ。………カカシさんは覚えてないみたいだけど。





あたしがカカシさんを初めて慰霊婢で見たのは、じめじめと嫌な雨の続く梅雨の時期だった。その頃はまだスナック木の葉で働いていなかった。父と母が死んで将来に対するぼんやりした不安を抱えたまま陰鬱な毎日を過ごしていた。

雨がしとしと降る中、傘を差して花を供えに来たときのこと。そのとき初めてカカシさんを見た。
傘も差さずに佇んでいたカカシさんはその装いから、すぐに忍だと分かった。 色素の薄い風貌が、煙った雨の中でぼんやりとして、この人は死人なのではないか、と疑うほど朧気だった。 眉根を寄せた横顔が泣いているように見えて、自分の事ではないのに胸が痛んだことを覚えている。

「銀髪のおにーさん、風邪ひくよ?」

そう言って持っていた傘をカカシさんに押し付けて、あたしはびしょ濡れになって帰ったのだ。





「……!」

あたしがあの頃と同じ口調で傘を差し出す真似をするとカカシさんはすぐにわかったようで、はっとした表情になった。

「思い出しました?」

あたしは思わずにんまりして言った。

「……全然気が付かなかったよ。だってあの時のお前…「あー!それ以上言わないで!」

あたしはカカシさんの言いたいことが分かって、それを遮った。だってあの頃、髪色はとんでもなく明るかったし、メイクだって今よりもずっと濃かった。カカシさんは忘れてほしいことばかり覚えているから参ってしまう。

「……まだ十代だったし、それにあの頃は悪いお友達と遊んでたんです。カカシさんこそ、昔はすっっごく怖かったじゃないですか。」
「ははは…お互い様だね。」

カカシさんは困ったように苦笑いを浮かべて頭を掻いた。
昔はこういう、ゆるっとした雰囲気はなかったのに……月日の流れっで怖い……

スナック木の葉で働き始めて、お店でカカシさんを見たとき、すぐにピンときた。けれど、その頃のカカシさんはぴりっとした雰囲気があって近寄り難かった。それにあたしもママにこっぴどく怒られてすっかり清純派に変身していたからなぁ……お互い近づく隙がなかったのだ。

「…なんだか大人になったね、オレたち。」
「そうですね〜、まさかあたしと一緒に住む日が来るとはって感じですか?」

感慨深そうに呟いたカカシさんに、ちょっぴりおどけてみせた。そうしたらカカシさんが急に真面目な顔をしたから、あたしは思わず身構えた。

「それって……なんだか、オレたち結婚したみたいだね。」
「…っ!」

にこっと笑いかけられて、心臓がドキリと跳ねる。だって、そんな…あたしはただの居候なのに!
動揺してカカシさんの顔を見つめたまんま、固まっているあたしの顔の前でひらひらと手を振って「顔、真っ赤だよ?」とくすくす笑うカカシさん。

「も、もう!変なことばっかり言って!」
「えー?でも、名前がお嫁さんだったら嬉しいよ?料理上手だし、可愛いし。」

相変わらず、にこやかな顔で殺し文句を繰り出してくるカカシさんに手も足も出ない。……今日のカカシさんは一体どうしちゃったんだろう?普段から紳士的ではあるけど、急にこんな……こんな、勘違いさせるようなこと言って。

そりゃあ、カカシさんのみたいな人のお嫁さんになれたら言うことないけど。あたしたちは恋人でも友人でもない、店員とお客さんで、家主と居候。そういう関係。
それでも、カカシさんと一緒に暮らした数日間で分かったことがある。

「未来のことはわからないけど……でもね、カカシさん……あたし今がすごく幸せだと思うよ。ただいまってカカシさんが帰って来てくれると安心するの。」

行ってらっしゃい、と見送った両親は帰って来なかった。一人で暮らせば、そんな悲しい思いはしなくて済むと思っていた。だから「ただいま」と帰って来てくれる人がいる生活は少しくすぐったかった。

日だまりの中いるような緩かな幸せがずっと続けばいいのに……
そう思うけど、任務に向かうカカシさんの後ろ姿を見ていると、どうしようもなく不安になる。この人もまた、帰って来ないんじゃないかって…

「カカシさん、ちゃんと帰って来てね。」

存外、震えた声が出て自分でも驚いた。鼻の奥がツーンとして、自分は泣きそうなんだと気がつく。

「……泣かないでよ。」

穏やかだけれど少し困惑を含んだ声だった。頬っぺたをカカシさんの大きな手に包まれる。そして、カカシさんの親指がそっとあたしの目尻を撫でた。そこで初めて、自分が涙を流しているんだと気が付いた。

「泣かないで。」カカシさんはもう一度、そう言ったかと思うと突然、あたしの腰を引き寄せた。腰に回されて腕はぎゅっとあたしを抱き締めて、反対の手は優しく頭を撫でている。

「名前は泣き虫だね。」

あたしって泣き虫だったっけ?そう思ったけど、ストーカーに遭った夜もこんな風にカカシさんにあやされたなぁ、と思い出した。あたしはずびっ、と鼻を啜ってカカシさんを見上げた。

「鼻水つけちゃったかも……」

自分で言ってなんだか可笑しくて、つい吹き出してしまった。カカシさんは「汚いよ名前……」と呆れた顔をしているけど、あたしを離すつもりはないらしく、未だにあたしの頭を撫でている。もう涙は引っ込んだのに……

さっきは感傷的な雰囲気に流されて深く考えていなかったけれど、冷静になってみると、あたしは今、カカシさんに抱き締められているのだ。

なんだか急に恥ずかしくなって顔が火照ってきた。カカシさんと付き合っているわけでもないのに………こんな簡単に抱き締められてていいの!?

「名前、顔赤いよ?もしかして照れてるの?」

カカシさんの顔が上から覗き込むように、ぐっと近づいてきた。ちょっぴり意地の悪い表情にどきっとしてしまう。

「……ふ、ふざけてないで早く任務行ってください!」

カカシさんの胸板をぐいぐい押して抵抗するあたしにカカシさんは「つれないなあ…」と眉をさげた。それから「ま!そろそろ行きますか。」とあたしを離して歩きだした。

ほっとしたのも束の間ーー
カカシさんがあたしを振り返った。

「お前こそ、ちゃんとおかえりって言ってちょうだいよ?」

そう言って困ったように笑う顔が、少し切なくて心の奥がきゅっと掴まれたような感覚がした。