優しい嘘
開店前にやって来たアスマさんと紅さんに「相変わらず仲が良いですね〜」なんて能天気に言ったあたし。対して二人は神妙な顔をしていた。そしてアスマさんから放たれた言葉は唐突にあたしを殴り付けた。
「……カカシが重症だ。」
カカシさんが重症……?
アスマさんから言われた事を反芻する。思考が一時停止して二人を見つめたまま、目を瞬いた。
今朝、任務に出掛けるカカシさんを見送ったときは確かにいつも通りだったのに。
「とにかく家へ戻ってくれるかしら?」
紅さんの言葉にあたしは黙って頷いて、まだ開店もしていないのにお店を飛び出した。
「名前ちゃん…お父さんとお母さんが………」脳裏にフラッシュバックするのはあの日の記憶。家を出たきり帰って来なくなった両親のこと。最悪の結末が頭をよぎる。
……ううん、カカシさんは大丈夫。
自分にそう言い聞かすのに、勝手に目の奥が熱くなって視界が滲む。急がなきゃ、そう思うのにヒールの高いパンプスじゃ足がもつれて上手く走れない。
あたしは堪らなくなってパンプスを脱いで、裸足で走った。道行く人がみんなあたしを振り返る。地面に転がる小石が足の裏を刺して、焼けるように痛かった。それでもあたしは走った。
やっとのことで家までたどり着いて、両手に持っていたパンプスを放り出す。全速力で走ったせいで、息が苦しいくて、ふらふらして狭い廊下の壁に何回もぶつかりながらカカシさんの部屋へ飛び込んだ。
「カカシさんっ!」
「……名前?」
カカシさんは、よくわからないセンスの布団から顔だけ出して幽霊でも見ていかのような顔であたしを見た。髪もメイクもぼろぼろで、おまけに足の裏から血を出している女なんて、そういないだろうから驚くのも仕方がないかもしれないけど。
カカシさんは確かに顔色はあまり良くなさそうで、疲労でげっそりしたような感じがあったけれど、あとは至って普通である。
「……どうしたの?」
「どっ…したのって…こっちの…セリフっ…だからっ…」
息も絶え絶えにアスマさんと紅さんがお店に来たことを説明するとカカシさんは「まったくあいつら……大袈裟すぎるんだよ。」と呆れたように苦笑いした。
「ま、でも二週間は動けないかな……」
カカシさんは半分布団に隠れた顔で「情けないね。」と困ったように笑った。カカシさんはどうやらチャクラ切れというやつらしい。なんだかよくわからないけど、無事でホッとした。
「なんか……安心したら腰抜けた……」
安堵で気が抜けたあたしは急に全身の力が抜かれたみたいになって、ベッドの脇にへたり込んだ。そんなあたしをカカシさんはくすくす笑って「心配してくれたの?」と言った。
「笑い事じゃないよ!あたし、本当にっ……!」
「ちょ、名前……?」
「カカシさんが死んじゃったかと思った……」
本当にすごく心配したのに。そう思った瞬間、色んな感情が一気に込み上げてきて、あたしは堪らなくなって、布団の上からカカシさんにぎゅっと抱きついた。
不安に押し潰されてしまいそうなぐらいの心配していたのに、カカシさんはいつも通りの気の抜けた態度だし。そんなカカシさんにホッとした気持ちと、いつかあたしの手をすり抜けて帰って来なくなるんじゃないかという恐怖が入り交じった感情が湧き上がってくる。
「名前、苦しいよ。」
カカシさんの声色は少し困惑を含んでいた。なのに、あたしをゆるく抱きしめ返して「勝手に殺さないでよ…」と困ったように、でも穏やかに言った。あたしの背中に回されたカカシさんの手のぬくもりに安心しているはずなのに、どうしても不安が消えなくて泣きそうになる。
「嘘でもいいから、約束して……絶対帰ってくるって…」
こんなこと言ったらカカシさんは困ってしまうとわかっている。わかっているのに耐えきれなくなった。ぎゅっと抱きついていたカカシさんの胸から顔を上げて、あたしの意思とは関係なく勝手に込み上げてくる涙を我慢して言った。
カカシさんはほんの少し困惑したように瞳を揺らした。一瞬、目を伏せて、それから困ったように笑った。そして、ぽんっとあたしの頭に手を乗せて「うん……必ず、帰ってくるよ。」そう言った。でも、その顔はどこか苦しそうで、あたしは切なさで胸が塞がった。