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素顔も別嬪



「ただいま」
「えっ!カカシさん!?来ないで!近づかないで!」

帰宅するとソファで寛いでいた名前がオレを見るやいなや慌てふためいた。しかも、そばにあったクッションで顔まで隠している。普段なら「おかえりなさい〜」と笑顔で迎えてくれるのだが……
いったい何があったのか……状況が把握できないまま、とりあえず名前の隣に腰を下ろす。

「やっ…!来ないでってば!」
「どうしたのよ……そんなに拒否されるとさすがに傷つくんだけど。」

なぜこんなに拒絶されているのか全く検討が付かず、思わず苦笑いした。最近は名前との生活に慣れてきてしまったせいか、彼女の「おかえり」が聞けないだけで憂いている自分にも呆れてしまうが……

「カカシさん、今日遅くなるって言ってたのに……」
「あ〜予定より早く任務が片付いちゃったんだよね………そんなことで怒ってるの?」
「別に怒ってないけど………」

そう言って名前はぎゅうっとクッションを抱き締めた。クッションに大きくプリントされた犬の顔が潰れてなんとも言えない表情になっている。

「怒ってないなら、そろそろ機嫌直してよ。」

なんと声をかけるのが正解なのか測りかねて、名前の胸元で潰されて困った顔になったクッションの犬と同じような気分だ。

不意に名前が戸惑うような口調で言った。

「……すっぴんだから…顔…見せられない。」

オレは豆鉄砲を食らったような気持ちだった。

「そんなこと気にしてたの?」言いかけて口を噤んだ。きっと名前に「そんなこと」なんて言ったら今後しばらく口をきいてくれなくなりそうだ。
というか、名前は化粧をしていなくても整った顔をしていると思う。素顔を見たことはないが、家にいるときの名前はお店で見るよりもかなり薄化粧なのだ。少し幼さの残る雰囲気が可愛いらしくて個人的にはナチュラルメイクの方が好きだったりする。

「今更、オレに見られても減るもんじゃないでしょうよ。」
「…………ほとんど顔隠してる人に言われたくないです。」
「ははは……」

これには返す言葉もなくてお手上げだ。
けれど、ソファの上で三角座り座りをして、頑なに顔を隠し続ける名前を見ていると、理性よりも好奇心が勝ってちょっかいを出したくなった。
立ち入り禁止の看板を見たらその先を覗いてみたくなるものだ。

「じゃあこうしない?オレも覆面を取るから、名前も素顔を見せる。」

そう言うと名前はピクリと肩を震わせた。その反応にオレは思わず口の端がつり上がってしまう。名前はオレの素顔を知りたがっている可愛い教え子たちと全く同じ反応をしてくれるものだから、からかい甲斐がある。

「どう? 乗ってみる価値あると思わない?」
「…………裏切りとかなしですよ。」
「当たり前でしょ。」
「…………絶対?」
「うん。」

少し訝しさを含んだ声色の名前に大丈夫だから、と念を押す。それから、3つ数えて素顔を見せる。そう取り決めてカウントをはじめた。

1…

2…

3…

半信半疑ではあった。それでも、カカシさんの素顔見たさにまんまと誘いに乗ってしまったのはあたしなんだけれど……

「カカシさんひどい…!」

恐る恐るクッションから顔を上げたら、カカシさんがくくく!と愉しげに笑っていた。

「忍は裏の裏を読むべしっていうでしょ。」
「あたし忍者じゃないもん!」

こんなのって不公平!あたしはカカシさんにすっぴんを晒してしまったのにカカシさんときたらいつもの覆面をしたまま!あたしはまんまとだまされてしまったのだ。

「もう最低!ありえない!」
「………そんなに怒んないでよ。」

カカシさんは自分から仕掛けてきたくせに、困ったように眉毛を下げて肩を竦めている。……そんな顔したってもう騙されないんだから。今までカカシさんにすっぴんを見られないように努力してきたのに全部水の泡だ。ていうか、恥ずかしすぎて泣きそう。

「ほんと…やだ…恥ずかしすぎ……」

こっち見ないでください!そう言って両手で顔を覆い隠そうとしたら、手首をぎゅっと掴まれ阻まれてしまった。

「やっ…!」
「ダーメ。」

恥ずかしくて、なんとか顔隠そうと身を捩る。

「往生際が悪いよ名前。」

カカシさんが片眉を上げてニヤリとしたかと思うと、掴まれた手首にぐっと力が込もった。ドサッと音がして、あっという間にソファに押し倒されてしまった。

「もっとちゃんと見せてよ。」
「……ひゃっ!?」

あろうことか、カカシさんはあたしの耳元に唇を寄せて言った。その湿った声色に思わずぶるっと身悶えしてしまう。

「名前……かわいい。」

恥ずかしさから、ぎゅっと閉じていた目をあけたらカカシさんと目が合った。なんとなく熱っぽく、それでいて真剣な表情のカカシさんに囁かれて、心臓が射抜かれたみたいになった。

「付き合ってた人にも見せたことないのに……!」

恥ずかしいのに「かわいい」と言われて、ちょっぴりきゅん、としてしまった自分が悔しい。カカシさんはあたしの苦しまぎれの捨て台詞にも余裕な表情を浮かべている。

「じゃあ、名前の初めて奪っちゃったわけだ。」
「そうですよ!責任とってください!」

思わず売り言葉に買い言葉で返してしまった。相変わらずにやにやと不敵な表情をしているカカシさんを見てあたしは、はっとした。だってなんか……物凄くいやらしい会話に聞こえてきた…

そんな邪な考えを振り払おうと躍起になっていると、「名前」とカカシさんに名前を呼ばれた。その声が物凄く甘ったるくて、思わず胸がきゅんとしてしまう。

「責任は取れないけど、これで勘弁してくれる?」

そう言ってカカシさん困ったように眉毛を下げた。そのままスッと指をかけて覆面を引き下ろした。

「…っ!」

困ったようにでも、にこっと穏やかに笑かけられて心臓がぎゅっとなる。でも、心がぎゅっとしたのはカカシさんの素顔が物凄く格好良かったからというだけではない。

「責任は取れない」そう言われたことになんとなく、もやもやしてしまった。もちろんあたしたちは甘い関係じゃないことは重々承知しているけれど、そんな風に言うなら最初から居候なんてさせなければ良かったのに…
あたしは自分で思っていた以上にカカシさんとの生活が好きみたいだ。

「ありがと、カカシさん。もう平気だから退いてください。」

自分でも思ったより冷たい声になってしまって驚いた。カカシさんは一瞬、眉根を寄せたけれど、すぐに「ごめん。」とあたしの手を引いて起こしてくれた。

カカシさんにとってあたしはただの居候。今まで優しいカカシさんに甘えていただけ。そう、カカシさんにとってはただの親切。なんだか急に頭が冷えてきてた。

「あたし、今日はもう寝ますね!…夕飯ラップしてあるから温めて食べて。」

あたしは出来る限り、明るい声を取り繕った。だってそうでもしないと泣いてしまいそうだったから。

カカシさんには、あたしをからかっていたさっきまでの意地悪な感じは、もうなくなっていた。
ただ、静かに「いつもありがとう。おやすみ。」とだけ言った。