7.

「ゾロ、お前・・・何のつもりだ」
 僅かに語尾が震えている。何故か無性に苛立ちを覚えて、乱暴に言った。
「とぼけてんのかクソコック。ひと月近くも触らせなかったのはてめえだろうが」
「もしかして・・・今・・・しようってのか」
「当たり前だろ。この状況でそれを聞くのか」
 小さな唇が、マジか、と呟くのが聞こえた。青い瞳が必死に何かを考えるかのように動く。
「待・・・てゾロ。今はまだ昼だろうが、皆すぐそこに居んだぞ!」
「扉閉めたろうが、気づきゃしねえよ」
「で・・・でも!せめて夜まで待てねえのか!」
「待ったらてめえ、また逃げんだろうが」
 ごくり、と男の白い喉が動く。図星をついたらしいと察してまたどうしようもない苛立ちを覚えた。
 怒りにまかせて低い声で呟く。
「なんでここひと月逃げ回ってた」
「そ・・・れは」
「言えねえのか」
 男の首が横に振られる。否定するというよりは途方に暮れているような動作。
「逃げてたわけじゃねえ。ただ・・・どうしようもなかったんだ」
「どういう意味だ」
「・・・・・・」
「何だ。てめえで考えてたことも忘れちまったのか」
 口角を上げて嘲笑うように言うと、何故か、男が蒼い目を一杯に見開いた。
「ゾ・・・ロ」
「何だ?図星か」
 下手な言い訳なんざ聞かねえよ、と笑う。
「てめえは逃げたんだ、俺からな」
 理由も告げずに逃げられてたまるか。逃がしてたまるか!
 そう叫びたいのをぐっとこらえる。この男にだけは聞かれてはならない。知られてはならない。きっと、知られてしまったら終わる。この男が求めてきたのは甘い言葉でも、優しい愛撫でもない。ゾロの感傷などこの男は知らない。感情などいらない、といつもどこかよそよそしく笑うのだ。
 初めて犯したとき、小さく強張る体を無理矢理暴かれながら、それでもこの男は笑った。快楽よりも苦痛に満ちていたはずの暴力的な愛撫を受けながら、ろくな抵抗もせずに受け入れた。ことが終わったあと、我に返って何も言えずにいるゾロに、「俺は構わねえぜ」と微笑んだ。
「てめえが飢えてんなら、付き合ってやるよ」
 彼にとっては、それだけのことなのだ。それ以上でも以下でもないのだ。
 それから、割と頻繁に抱き合うようになった。ゾロが「欲しい」と言えば、彼は淡々と受け入れた。優しく触れられることではなく、めちゃくちゃに犯されることを望み、汚い言葉を吐いてゾロを挑発する。わざとぼろぼろになるまで抱かれて、ことが終われば傷ついた体を引きずってさっさと消えるのだ。彼は与えているだけだ。最初にゾロが求めた、その体だけを。
 彼がゾロのことを愛しているはずがない。
 本当に欲しかったのは体ではなかった。ゾロは間違えたのだ。だが、そんなことを彼に今更言えるわけがない。拒まれるのが怖いだけではない。受け入れられるのが怖いのだ。「欲しい」と言いさえすれば、この男は与えるのではないかと。自らの感情を偽って、ゾロの要求を呑むのではないかと。
 だから、言えない言葉を呑みこむ代わりに、自らの感傷を身を焼く怒りで覆い隠した。
「何とでも言いやがれ。何を聞こうが俺はてめえを抱く。今この場でな」
 言い訳は聞かねえ。
 そう言いきると、同時に彼の瞳から表情が消えた。いつも浮かべる挑戦的な笑みも、煽情的な流し目もない、真っ暗な瞳。何故かどうしようもなく胸がざわついたが、構わずに彼のシャツのボタンを引きちぎるようにして外した。いつもと変わらない行為なのに、どうしてこの男はこんな絶望的な目でゾロを見るのだろう。理由を考えようとして、止める。この男が読めないのはいつものことだ。終わればどうせすぐ、いつものように女に愛想を振りまいては料理を作るに違いない。そう思い込んで、胸のどこかで鳴り響く警鐘を無視した。

 脚を完全には自由にしないように警戒しながら、スラックスをくつろげる。素早くスラックスを足元まで引き抜き、脚の関節を無理やり折り曲げて白い尻をむき出しにする。完全に引き抜いていないスラックスが彼の脚を拘束し、動けないよう固定していた。拘束した両脚を胸元につくほどに折り曲げ、その上に圧し掛かる。とたんに強張る体に驚きながらも後孔に指を伸ばす。いつもはこのあたりで勃っているはずの彼のものは、まだ力なく横たわったままだ。訝しく思いながらも止まりはしない。先走りが使えないので、自分の唾液を指に絡めて後ろを探る。小さな穴を探り当て、強張る体を無視して無理やり人差し指を突き入れる。
「――‐、っ!」
 血が滲むほど唇を噛みしめて悲鳴をこらえるサンジに構わず、逃げを打つ体を無理やり押さえつけて指の数を増やす。裡壁を太い指が押し広げるたび、細い体がびくびくと波打つ。快感に震えているというよりは、必死に苦痛から意識をそらしているかのような動きだった。未だに勃つ気配もない彼のものに戸惑う。仕方なく乱暴に何回か扱いてやると、のけぞった喉から小さく苦痛の声が漏れた。
「う、あ、」
 それでも性器を刺激されれば快楽を覚えてしまうのが男だ。少しずつ勃ちあがった彼のものに満足し、再び後孔を責める指の動きを早くする。三本の指でめちゃくちゃに裡壁を押し広げ、一気に引き抜いた。安堵するかのように彼の体から力が抜ける。その瞬間を逃さず、思い切り熱い楔を突き立てた。
「――っ、アぁっ!!」
 思い切り体をしならせて殺しきれない苦鳴を漏らす彼に構わず、容赦なく根元まで突き入れる。ぬるりとした感触に彼が出血しているだろうことを察したが、構わず腰を打ちつける。むしろその血が潤滑剤となって挿入を手助けすることを知っているからだ。思った通り、始め狭すぎて動きづらかったそこは、しだいにねっとりとゾロのものに絡みついて包み込むように蠕動するようになった。
「……ふッ…アぁッ…んッ……」
 始め苦痛しかなかった声に、次第に別のものが交りはじめる。挿入の瞬間には完全に萎えていた彼の欲望が再び勃ちあがり、先端から透明な汁を零しているのを見てにやりと笑う。
 どれだけ口で拒んでも、どれだけ俺を避けようとしても体は快楽を覚えている。あれだけ繰り返した行為なのだ。どれだけ拒もうが打ち消そうが、てめえの体は俺を覚えてる。
 ふと、その金の髪を自分の指で梳きたい、と思った。
 だが、彼がいつもそれを拒否することを思い出し、思いとどまる。
 いつも彼は手を伸ばすたびに振り払い、「気色悪いことしてんじゃねえよ」と不敵な笑みで拒絶する。
 そのたびに苦痛をこらえるように僅かに伏せられる目にまでは、ゾロは気づかない。気づけない。
 だから、思い通りにならない苛立ちに任せて、いつもひどく凶暴に彼を犯した。彼もそのたび、静かに苦痛を受け入れた。何かを確かめるかのように。何かを諦めるかのように。
 ゾロには解らない。彼がどうしてそんな顔をするのか。それでも、触れたいと思う衝動を抑えられない。
 今更無防備な背中をさらし、初めてのときのように体を強張らせて。諦めたかのように決定的な抵抗もせず、ただ快楽に流されて喘ぐ。
 先ほど感じたわけのわからない凶暴な苛立ちがまた身を焼いた。怒りにまかせて繰り返し腰を打ちつけ、苦痛とも快感ともつかない悲鳴をその耳に聞く。
「う、あァ・・・・・・っ!!」
 声にならない声を上げて、サンジの体が絶頂に震え、二人の腹の上に白い液が放たれる。
 ゾロを咥えた裡壁がぐうっと収縮し、その刺激でゾロもほぼ同時に達した。

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