4.

「サンジっ!サンジっ、大丈夫か!」
「生きてるかー!」
「サンジくんっ!」
 口々に叫ぶクルーたちを前に、目を開けたばかりのサンジは戸惑うように目を瞬かせた後、「うっ」と小さく唸って後頭部に手をやった。
「あ、駄目だサンジ、触るな!撃たれてる。今消毒したばっかなんだ」
 チョッパーの制止に、「ああ、そうか・・・」と鈍い反応を示して、サンジはゆっくりと頭を振った。
「撃たれた…のか」
「そうだぞ。ありがとな、お前がかばってくれなきゃ、俺はともかくナミがヤバかった・・・」
 珍しくしゅんとした様子で礼を言うルフィの姿を見て、サンジは呻きながら身を起こしニヤッと笑った。
「いいさ。お前はともかく、俺はナミさんのためなら命だって捧げる男だからな!」
「もう、馬鹿なこと言わないで!本当に心配したんだから!」
「ご、ごめんなさい・・・」
 とたんにしゅんとなるフェミニストのコックに、ナミは小さく笑いかける。
「・・・でも、助かったわ。・・・ありがとう。・・・無事でよかった」
「いえいえー、ナミさんのためならそんなことー!」
 またしても一瞬のうちに元気になるサンジに、呆れながらも皆がほっと安堵の息をつく。
「サンジ、一応もう少し詳しく傷の様子見て包帯巻きたいから、ちょっと来てくれるか?医療鞄部屋に置いてきてるんだ」
 小さな船医が遠慮がちに言い出す。
「おう、いいぜチョッパー。すぐ終わんだろ?」
「うん、たぶん。大したことないみたいだし」
「そんだけ女に愛想振りまく余裕があんなら大丈夫だろうよ」
 ぼそっと、それまで事態を見守っていた剣士が呟く。とたんにサンジの額に青筋が浮いた。
「あーん?何言ってんだクソマリモ。レディに礼を尽くすのは男にとってごくごく当然のことだろうが!」
「てめえのそれは病気だアホコック」
「ああ?俺を病気だってんならな、まずてめえの治しようの無いその頭蓋骨の中身をきれーさっぱり治療してから来やがれってんだこの空っぽマリモ!」
「空っぽなのはどっちの頭蓋骨だアホアヒル!」
「てめえのに決まってんだろが中身まで苔の苔頭!」
「あーもう、うるさいっ!」
 何であんたたちはいっつもこうなの、とナミが額を抑える。
「いいから黙ってなさい!サンジくんは一応、さっきまで意識失ってた怪我人なのよ?喧嘩より治療が先でしょ!」
 チョッパー、とナミが目で合図する。船医はすぐに意図を了解し、たちまちのうちに人型化してサンジを肩の上に担ぎあげた。
「おいこらてめえ何すんだ!」
「大人しくしてなさいサンジくん」
「ええはいもちろん、喜んでー!」
 いつものことながら変わり身の早さがすごい。誰もがそう思い呆れたが、同時にいつもと変わらない様子に安心もした。変わらない日常の大切さを思い知るのはこういう時だ。仲間の誰かが怪我をし、それに手も足も出ない、そういう時。
 チョッパーもしみじみとそれを思い、どうやら何でもなさそうなサンジの様子に安心していた。傷自体は恐らく二、三日ほどで完治するだろう。サンジの回復力を思えば、明日には包帯を外せるかもしれないくらいだ。自分の出番がないことに安心する、これは恐らくクルーの中ではチョッパーにしか分からない感覚だろう。医者は常に、身近なものが危険にさらされることに怯える。医者だからこそ、治せない傷や病のあることを誰よりもよく知っているからだ。だから、出番がないことは喜ばしいこと。サンジに大事がなくてよかった。
 そう、安心していたのだ。



 寝室にサンジを運び、ソファの上に下ろす。きっと激しい抗議が来るはずだ。サンジは子どものような扱いを嫌うから。そう思い、身構えつつ医療鞄を引っ張り出す。
 ところが、いつまでたっても悪態が降ってこない。
 小さな違和感を感じ、座ったサンジを見上げる。彼は何故か奇妙なほど静かな眼差しで、チョッパーを見下ろした。
「・・・サンジ?」
「・・・チョッパー」
 怖いくらい淡々と、サンジは呟く。
「・・・覚えてねえんだ」
「覚えてない、って・・・?」
 何とも言えない悪寒が背筋を走る。サンジはチョッパーの様子に気づいたらしく、小さく微笑んで「んな顔すんな」と言った後、また怖いくらい淡々と言葉をつなげた。
「覚えてねえのさ。撃たれたことも、ナミさんをかばったことも、それどころか戦闘があったことすら。たぶんだが、今日一日のこと、まるっと全部忘れちまってるんだよ、俺は」

 それどころか、起きた時一瞬、てめえらの顔が解らなかった。
 小さく呟いたサンジの顔がやりきれなさに深く伏せられていたのを、チョッパーは今でも覚えている。
「・・・それって」
「今は思い出せてるけどな。こうしている今も、少しずつ・・・昨日の作ったメシが何だったかとか、この前に立ち寄った島がどんなとこだったかとか、思い出せなくなってきてやがる」
 少しずつ少しずつ、記憶が失われていっているのがわかるのだと。そう言ったサンジの声が幽かに震えていたのを、覚えている。

 それが、サンジとチョッパーと、メリー号のクルーたちにとっての。
 長い長い悪夢の始まりだった。

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