5.

 誰にも知られたくないと頑なに主張するサンジに負けて、チョッパーはそのことを当分サンジとの間だけの秘密にすることにした。「皆に喋ったところで解決するわけでもねえだろ?」と笑ったサンジを思い出すたび、やるせない気持ちで一杯になる。
 心配をかけたくないのだろう。
 そして、ナミとルフィに、責任を感じさせないために。
 その気持ちもわかるから、チョッパーは何も言えなくなってしまうのだ。
 こっそり皆に喋ってしまおうか、と考えたこともある。だが、もしそれをサンジが察知した場合、もしかすると自分にも現在の病状を正直に話してくれなくなるのではないかと思うと怖くてできなかった。なにしろサンジは極めて勘のいい男なのだ。それに頭もいい。周りの人間の様子を観察するのもうまい。きっと気づいてしまうだろう。もしかしたら、チョッパーがそう考えて誰にも話さないだろうことでさえ、お見通しなのかもしれない。
 だからこそ、サンジが自分にだけでも打ち明けてくれたことに感謝した。チョッパーなら治す手立てを見つけられると信じてくれた、それが解るからだ
 ならば、自分は何としてでもその期待に応えなくてはならない。そう考えて、治療法を懸命に模索することにした。
 何度か検査をするうちに、サンジの体に何が起きているのかも少しずつ分かっていった。ふつう人間の細胞は古くなると破壊され、新しい細胞に生まれ変わるのだが、サンジの脳細胞は、打撃を受けたせいで細胞分裂の指示を受け取る機能が破壊されているらしいのだ。要するに、細胞が死ぬ一方で、新しい細胞が補給されない状態なのだ。
「つまり、単純な記憶喪失とは違えってことか・・・」
 そう呟いたサンジに、「うん」と小さく頷いた。
 単純な記憶喪失なら、何かのきっかけで記憶が元に戻ることもありうる。だが、サンジの場合、記憶を保持している細胞の死が直接の原因であるため、無くした記憶は戻らないだろうと考えられた。
「・・・この後もし、細胞の死滅を止める方法が見つかったとしても、一度死んじまった細胞が戻るわけじゃねえ。つまり、忘れてしまったことを思い出すことはねえ・・・ってことか・・・」
「うん・・・」
 俯いて答える。
「それに・・・そもそも、細胞の死滅を止める方法が解らないんだ。今、ありったけの医学書を調べてみてるけど、見つからない・・・。俺なりにも方法をいくつか考えてるけど、難しい・・・。時間がかかるんだ」
 今のところまだ、失ってはいけない大事な記憶、サンジの根幹をなすような記憶は失われていない。大事なことであればあるほど、脳細胞に占める体積が大きいからだ。多少の細胞が死滅しても、ある程度は忘れずにいられる。だが、時間が経てば経つほど、失われる細胞が増えれば増えるほど、大切な記憶が失われる可能性も高くなっていく。
 そして、一度失われた記憶は二度と戻らないのだ。

「失われた細胞を補充するような悪魔の実とかねえのか?」
 サンジが笑って聞いてくる。
「・・・え?」
「もし、失われた細胞を補えるような能力を持てりゃ、記憶も戻るかもしれねえだろ?」
 恐らくは冗談半分に、悩む自分を気遣っていってくれたのだろう軽い言葉。それに、チョッパーははっと息を呑んだ。
「・・・悪魔の実は、無いけど」
 悪魔の実でない手段なら、一つだけ知っている。




 それは一種の寄生虫だとチョッパーは言っていた、はずだ。先ほどノートを読み返して確認したから恐らく間違いはない。山のように積まれた食器を次々と洗いながら、サンジは考えていた。
「一般的には『ワーム』と呼ばれてる、珍しい種なんだ。スモモによく似た甘酸っぱい匂いの液を常に体表から分泌していて、その香りで標的を誘う。液体には軽い麻酔作用もあって、恐らく標的を油断させるためのものだと考えられている」
 チョッパーの高い声を脳内で再生する。
「そいつらは、体の一部分を欠損した生物に寄生する」
「・・・?普通、寄生するんなら健康な生き物の方がいいんじゃねえのか?」
「そうだね。でも、そいつらは別なんだ。わざわざどこかに怪我を負った生物を選んで寄生する」
 そして、その生き物の欠けた部分を補うような細胞に分化するのだという。腕なら腕の細胞に、脚なら脚の細胞に。脳なら脳の細胞に。
「なんだそりゃ。それじゃ寄生された奴が得するだけじゃねえか」
「ううん。違うよ」
 ワームは、欠損した部分を補う代わりに、その生き物を支配するのだとチョッパーは語った。ワーム自体にはなんの力もない。自分では餌を捕食することもできない。だから、他の生き物の体を乗っ取って、その体を使って生き延びるのだという。欠損した部分が大きければ大きいほどいいらしい。補う部分が大きいほど、その生き物を支配しやすくなるからだ。
「ただ・・・ごく稀に、ごく稀にだけど。欠損部分が小さくて、寄生された生き物が海王類とかの巨大な生物である場合、逆にその生き物がワームを飼いならして支配してしまうことがあるんだ」
「・・・ってえと?」
「ワームに体の一部を補わせておいて、支配もされないってこと」
「・・・へえ」
 驚きながら呟く。ゆっくりと彼の言葉を脳内で反芻し、聞いた。
「つまりお前は、俺に敢えてその寄生虫を呑ませることで、俺の欠損した細胞再生機能と、死滅した脳細胞を元通りに補わせ、さらに俺にその寄生虫を飼いならさせようと考えているわけか?」
「・・・うん。そう・・・なるのかな」
 曖昧な口調に焦れてさらに問うと、小さな船医は言いにくそうに続けた。
「今までも・・・それこそ腕とか足とか失った人たちが、ワームを利用して元の完全な体に戻ろうと考えて研究を重ねてきてるんだ。だから既に、かなりの人数の藁にもすがりたい人たちが実験台になっているけれど・・・でも未だに、人間がそいつを飼いならすことに成功した例はない」
「・・・失敗すると、どうなるんだ」
「・・・完全にワームに支配されて、本能のみで行動する獣に成り果てる。自由意志も、思考能力もなくなる」
「・・・ぞっとしねえ話だな」
「・・・うん。しかもサンジの欠損部分は脳だ。だから、腕とか足とかより、ワームに支配されてしまう可能性が高い。ひとことで言うと、とっても分の悪い賭けだ。パーセンテージで言えばコンマ以下」
「そうか・・・」
「だから、できればこれは使いたくない手なんだ」
 他にどうしようもなくなったときの、最後の最後の手段なのだと、小さな船医は言っていた。


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