3.

 二時間近くにも及んだ戦闘は、船員たちを疲弊させつつも、麦わら海賊団の勝利に終わった。
「サンジ―!腹減ったー!」
「はいはい、解りましたよクソ船長」
 いつものやり取りが戻ったのを感じ、張りつめていた空気が緩んだ。ウソップもようやく気が抜けて砲台から手を離す。ゾロも既に剣を腰に戻している。そして緩んだ空気を敏感に感じ取ったのか、ずっと女部屋にこもっていたナミも出てきて、「お疲れさま」と笑う。
「ロビンちゃん?大丈夫だったかい?」
「ええ、大丈夫よ。私はずっと物陰に隠れていたから」
「ごめんね、本当は中に居てほしいんだけど・・・」
「あれだけの人数の船に立ち向かうには人手が足りないでしょう?私なら大丈夫よ」
 心配しないで、と。そう自然に微笑む彼女に、サンジが申し訳なさそうな顔をしつつも「ありがとう」と笑い返す。ナミはそのやり取りを微笑ましげに見守っていたが、ふとルフィに目をやってぎょっとした。
「って、ちょ、ルフィ!?あんたそれ大丈夫なの?」
 ルフィの右の肩から肘にかけてが真っ赤に染まっている。かなり広範囲の傷のようだ。深手だとしたら大事になる。だが、ルフィはにかっと笑って、「大丈夫大丈夫」と言った。
「派手に見えるけど、ほんとはただ弾がかすめてすりむけただけだぜ!今チョッパーが消毒液と包帯持ってきてくれるってさ」
「・・・アンタ、それ本当でしょうね・・・?」
 ちょっと見せてみなさい、とルフィを差し招いて傷を眺めるナミに、サンジが笑いかける。
「大丈夫だよナミさん。さっきチョッパーがそう言ってたの、他の皆も聞いてたから」
「・・・ならいいけど・・・」
 やはり、あまり気持ちのいいものではない。自分の目で、確かにその傷が大した深手ではないことを確認し、ようやく安堵の息をついた。
「まあ、こいつが無茶苦茶やるのは今に始まったことじゃないから・・・」
 ナミさんが心配するのも無理もないけど、と。そう笑ったサンジの表情がいきなり強張った。
 ほんの一瞬、誰も違和感を感じ取れないほどの、一瞬の間。
 ぱんっ、という、乾いた小さな銃声を聞きとったものが、果たしてどれほどいただろうか。
「ナミさんっ!」
 ルフィごと勢いよく突き飛ばされたナミは、状況を理解できないままに息を呑んだ。サンジが理由なくこんな乱暴を働くわけがない。働くとしたら、まさか。
「サンジっ!」
 恐らくはルフィのためだったのだろう消毒薬と包帯を抱えて現れた船医が、顔色を変えて走り寄ってきた。まるで鉛のように重い空気を感じながら、緩慢に振り向く。綺麗な金髪を血に染めたサンジが、その場に倒れているのが見えた。
「サンジくんっ!」
「サンジっ?」
 悲鳴を上げて駆け寄りながら、銃弾の飛んできた方角に視線をやる。恐らく最後のあがきでルフィを狙ったのだろう銃弾の主は、素早く動いた剣士によって既に切り捨てられていた。
「・・・チッ・・・」
 ゾロが舌打ちをするのが聞こえた。
「サンジっ!大丈夫か!」
 チョッパーは慌ててサンジを抱え起こし、金髪をかき分けて血に塗れた傷口を確かめる。
「大丈夫・・・弾はかすめただけみたい、それほど酷い怪我じゃない。縫合する必要もない・・・ただ、撃たれた場所がマズイ。後頭部なんだ。つまり、思いっきり頭を打ったような状態だ。しかも意識が混濁してる。早いとこ目を覚まさないと・・・」
「覚まさないと・・・どうなるの?」
 顔を蒼白にしたナミが問う。
 チョッパーはてきぱきと傷口に消毒液をかけながら、俯き加減に答える。
「このまま・・・植物状態に陥る可能性もある」
「植物・・・状態って」
 全員の顔色が変わる。流石に誰もが、その言葉の意味を把握した。
「・・・クソコック」
 それまで平静を装っていたらしい剣士が、唸るように呟く。普段決してサンジを気遣ったりしない彼のその言葉に、誰もが息を呑み、そして俯いた。
 言葉が出ない。
「・・・大丈夫だよ」
 小さな声が聞こえた。
 重い静寂を打ち破ったのは、この船の船医だった。
「安心して、皆。サンジはこの程度じゃ死なない。大丈夫だよ」
 信じて。大丈夫だからと。
 まるで祈るようにチョッパーは繰り返す。
「・・・そうね」
 自分に言い聞かせるようにナミは呟いて、もう一度「そうね」と言った。血の気の無い顔で、それでも力強くうなずいて笑う。
「私たちがしっかりしなくて、誰がするっていうのよ!!」
 全員が頷き返す。チョッパーも、強張った顔を少しだけ緩めて微笑んだ。
 その、次の瞬間。
「・・・・・う・・・・・」
「サンジ!」
 ほんのかすかに呻き声が漏れたのを聞き取ってチョッパーが目の色を変える。
「サンジくん!」「コックさん!」「サンジ!」
「聞こえてるか!?俺だ、チョッパーだ!!」
 クルーたちは祈るような気持ちでサンジを見守る。
 永遠に等しいほどにも感じられる時間が、実際にはほんの数秒だったのだろう時間が過ぎたあと、金髪のコックはゆっくりとその蒼い目を開いて、
「・・・うるせえな、チョッパー・・・どうしたってんだよ・・・」
 と呟いた。

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