鈍感な恋のフラグ[3]
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絶対に今日こそはと、誓った。

再び巡ってきた、金曜日の夜。
先週の約束通り、仕事上がりで声を掛けた。
こいつは何の躊躇いもなく頷いて、顔を綻ばせた。
酒が飲めることを喜んだんだとしたら、申し訳ないが諦めてもらうしかねえ。

「今日は、連れて行きてえ場所があんだ。付き合ってくれねえか」

いつもとは違う誘い文句。
こいつは不思議そうに首を傾げたが、拒否することはなかった。



「え?車ですか?」

オフィスビルの地下にある駐車場に入ると、驚いたような声を出す。
そりゃそうだ。
こんなことは初めてだ。
このために、今日はあえて車通勤をした。

「ああ。…なんかまずいか?」

恐らくこれが、第一の関門だろう。
付き合ってもいねえ男の車に、乗るかどうか。
こいつは僅かに躊躇した様子を見せたが、すぐに大丈夫だと頷いた。
それは誰に対してもそうなんじゃねえんだと、上司として信頼されてるんだと、そう思いたい。

こいつを助手席に乗せて、すっかり暗くなった夜道に車を走らせる。
珍しく黙り込んだままの姿を横目で確認し、少なくとも多少は意識をされてるんだと前向きに考えた。
だが、あまり緊張させるのも可哀想だ。

「安心しろ。日付が変わる前には必ず家まで送ってやるから」

時刻は19時45分。
残された時間は4時間と少し。
小さく頷いたこいつを横目に、俺は車を走らせて繁華街を抜けた。
その間、ナマエは全く何も喋らなかった。

俺は左手側に見つけた最初のコンビニの駐車場に頭から突っ込み、そこで車を停めた。

「…土方さん?」

恐る恐るといった様子で、こいつは俺の方を振り向く。
そこに浮かんだ怯えた表情に、完全にやり方を間違ったと気付いた。

「…悪い、…悪かった」

そんなつもりじゃなかった。
怖がらせるつもりなんざなかった。

「いえ…あの、どこに?」

こんな顔をさせたかったわけじゃねえんだ。

「連れて行きてえ場所があるってのは、嘘だ」
「……え?嘘…ですか?」

きょとん、と首を傾げた仕草に、いつもの雰囲気が戻ってくる。
それに、心底安堵している俺がいる。

「ただ、その…今日は酒の入らねえ状況で話してえことがあっただけだ」

結局俺は、こいつの無防備な態度が心地良かったんだ。
意識されてねえとは分かっていても、無邪気に笑ってありのままの姿を見せてくれる。
それが、嬉しかったんだ。

「え?!ごめんなさいっ、私こないだそんな酷い酔い方しましたか?いや、普段から酷いとは思いますけどっ」

急に焦った口調で話し出すこいつが、愛おしい。
勘違いして慌てて、目まぐるしく表情を変える。
そういうところが、好きだ。

「そうじゃねえよ、勘違いすんな」

思わず笑みが漏れた。
左手を伸ばして頭を軽く撫でてやる。

「とにかく、場所はどこでもいいんだ。どっか、行きたい所はあるか?」

流石に、アルコールが入った状態のこいつに伝えたくはねえ。
結果がどうであれ、翌日になって覚えてませんは勘弁してもらいてえ。

「えっと、お酒を飲まずに話せる所だったらいいんですよね?」
「ああ」

後はあんまり騒がしくなきゃどこでもいい、と付け足せば。

「じゃあ、うちに来ませんか?」

まさかの、ここで爆弾が落ちてきた。

「…………はあ?!」

何だそれは。
散々怯えておきながら、何で次は自宅に上げようって話になんだ。

「あ、大丈夫ですよ。うち今お酒切らしてるんで、買わない限りありませんから」
「…そういう問題じゃねえよ」

とことんずれた回答に、怒鳴る気力も失われる。

「それにほら、うちにいれば日付が変わる前に送るっていう話も気にしなくて大丈夫になりますし。うちのマンション、来客用の駐車場もあるから車の心配もないですよ」

心配してんのはそこじゃねえ。
何が大丈夫なんだ。
何も大丈夫じゃねえよ。
確かに何度か玄関まで上がったことはあるが、何でこいつは素面の状態でも平気で男を自宅に招くんだ。

言いたいことは山ほどあった。
だが、押し問答の時間が惜しいのも事実だった。

「…分かった」

俺は抵抗を諦め、すでに行き慣れたこいつの自宅を目指した。



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