鈍感な恋のフラグ[1]
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「えへへ〜、土方しゃんはあ、優しいれすねえ」


お前にだけだ馬鹿野郎。

そう、心の中で怒鳴った。


焼酎の入ったグラスを手に、へらへらと笑う酔っ払い。
弱いわけじゃねえんだろうが酒好きで、いつも加減を忘れて飲むから大抵最後はべろんべろんになる。
そんな飲んだくれの女を好きになってから、果たしてもう何年だろうか。

仕事上がりに飲みに行った回数は、もう軽く五十を超えるだろう。
上司が一人の部下、しかも女を連れて飲みに行く頻度としては、明らかに職務上の範囲を大幅に上回っている。
そもそも俺は酒は飲まねえんだ。
稀にグラス一杯のビールを頼むことはあるが、大抵は終始烏龍茶だ。
酒を飲まねえ男が、それでも機会を見つけては一人の女を飲みに誘う。
基本的には居酒屋。
腹が減ってねえ時はバー。
そんな暗黙の了解みたいなもんまで出来た間柄だというのに、こいつは一向に俺の誘いの真意に気付かねえ。

毎度毎度、ビールをジョッキで数杯飲み干し、焼酎のロックに切り替わる。
頼むのは、枝豆にたこわさにエイヒレに胡瓜の一本漬け。
可愛げの欠片もねえ。
もちろん俺はこいつに、どこぞの可愛子ぶったカクテルやらスイーツやらを頼む女みたいなもんを求めてるわけじゃねえ。
だから、別にこいつの嗜好に文句なんてねえ。

だが、男としてこれはどうなんだ。
普通、男と二人きりで酒の席といえば、多少なりとも意識するもんじゃねえのか。
可愛く見られたいとか、女らしくしようとか。
そう思うもんじゃねえのか。
目の前で、平気でビールをガブ飲みされる俺は、こいつにとってどんな存在なんだ。
目の前で、平気で潰れられる俺は、どこまで男として認識されてねえんだ。

女らしくしろなんざ、これっぽっちも思っちゃいねえ。
酒の飲み方には多少難ありだと思うが、俺の前でやる分には別に構わねえ。
だが俺の前でやるということは、こいつは誰の前でも同じ態度だということじゃねえのか。
他の男共にも、そんな無防備な姿を見せんのか。
それとも、俺だけが全く意識されてねえのか。
どっちにしろ、決して喜ばしい状況じゃねえのは確かだった。

「お前なあ、もうその辺にしておけよ」
「えええ、もうお開きですかあ?」

残念そうに上目遣いで見上げてくるのは、何なんだ。
意図しているのか、それとも無意識なのか。
そもそも、お前が残念がっている対象は何だ。
酒がもう飲めないことか。
それとも、俺との時間が終わることか。

恐らく前者だろう。
そう思うと、やりきれねえよ畜生。

「また来週連れて来てやるから、今日はやめとけ。またこないだみたいにふらっふらになんぞ」

足取りの覚束なくなったこいつを支えて、自宅まで送り届けた先週の金曜日。
そんなこと、今さら特別でも何でもねえ。
五回に一回はその調子だ。
こいつは平気で俺の前で潰れ、平気で家まで送らせる。
完全に眠ったこいつをタクシーで送り届けたこともある。
警戒心ってもんがねえのかと、流石に怒鳴りたかった。

俺だって、こいつは分かっちゃいねえのかもしんねえが、男なんだ。
惚れた女が目の前で酔い潰れりゃ、好き勝手したくなるのは最早男の性だろう。
だが結局、あんまりにも無防備な姿に逆に戦意を奪われ、送り届けて大人しく帰るだけ。
そんなことを、もう何度繰り返したことか。

一度だけ。
たったの一度だけ、自宅に連れ込んだことがあった。
酔いも手伝って思考の鈍ったこいつを適当な言葉で丸め込み、俺の自宅に連れて帰った。
本心から、どうこうしようと思ってたわけじゃねえ。
もちろん、あわよくばという下心がこれっぽっちもなかったとは言えねえが。
ただ、流石にそうなりゃこいつも多少は俺を意識するんじゃねえかと思った。
そう思っての行動だったのに、目論見は見事に外れた。
こいつは、俺の自宅に着くなりシャワーを浴び、俺のワイシャツ一枚を羽織ってそのままベッドを独占して寝たのだ。

流石にへこんだ。
これ以上ないほど落ち込んだ。
その時に、きっと俺はこいつにとって兄みたいな存在なのだろうと悟った。
一番近いようでいて、決して恋人にはなれねえ存在。
まさにその通りだった。

「約束ですよお?絶対ですからねえ」

舌足らずな口調で念押しされ、目当てが酒だと分かっていても胸が熱くなる。
こいつも俺との時間を楽しみにしてくれているんじゃねえかと、誤解をしてしまいそうになる。

「分かった分かった、約束だ」

それでも俺は、苦笑して頭を撫でてやるだけで精一杯だった。



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