濡れた鼓動と高鳴る身体
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今さらどれだけ頑張っても遅刻なのは分かっていたけれど、それでも走った長い廊下。
後ろのドアから教室に駆け込んだ。

「おっ、遅れてすみませんっ」

案の定、教壇には土方先生の姿があった。

「どうした、お前が遅刻なんて珍し、」
「すみませんっ。あの、途中で傘が折れてしまって、それが隣を歩いていた人に当たってしまって、それで、」

言い訳なのは分かっていたけれど、弁解しようと早口にまくし立れば、先生は切れ長の目を見開いて私を見つめた。
怒っているというよりは、驚いている、といった方が相応しい表情に、あれ、と首を傾げていると。
やっぱり怒っているらしく、その眉間に深い皺が刻まれる。

「お前…なんて格好してやがる!」

突然の怒声と、予想外のその内容に私は固まった。

え……格好?

何を指摘されているのか分からずに、ぽかんと先生を見つめた。
スカート丈はいつも通りだし、ブラウスのボタンだってちゃんと留めている。
何がまずいのだろうか、思いきって訊ねようとした矢先。
先生が教壇を降り、並べられた机の合間を縫って近付いてくる。
あまりの形相に一歩退いた私の手をがっちりと掴んだかと思えば、そのまま引っ張られた。
訳の分からないまま教室から連れ出され、気が付けば引きずられるようにして廊下を歩いていて。

「あ、あの…っ?」

何事かと大きな背中に向かって声を掛ければ、廊下の端、ひと気のない階段の手前で先生が振り返る。

「っの、馬鹿野郎が!」

沖田くん相手でもここまでひどい怒り方はしないだろう、というほどの形相と怒声に私はすくみ上がった。

「てめえの格好を見てみやがれ!」

そう怒鳴られ、言われるままに見下ろした自分の身体。
その瞬間、先生の怒りの原因を悟った。

「えっと…これは、その、」

つまり、雨で濡れたせいで、ブラウスの下が完全に透けているのだ。
今さらだと分かってはいても、咄嗟に持っていたバッグで胸元を隠す。
すると、先生の眉間にさらに皺が一本増えた。

「俺相手に隠すたあどういう了見だ!俺はあいつらにそんな格好を見せんじゃねえって言ってんだよ!」

あいつら、とはつまり、クラスメイトのことだろう。

「ご、ごめんなさい…っ」

完全に機嫌を損ねてしまった。
まずい、と頭の中で警鐘が鳴り響く。

チッと大きく舌打ちした先生が、再び私の手首を掴んで歩き出して。
そのまま階段を降りて行こうとする。

「せ、先生っ?ホームルームが、」
「うるせえんだよ馬鹿野郎っ」

まだ途中、と続くはずだった私の言葉は呆気なく遮られ。
先生は足早に歩いて行く。
その足の向かう先に見当がつき、私は血の気が引いた。
これは多分、国語科準備室に向かっている。
その国語科準備室は、土方先生の根城なのだ。

「まっ、待って先生!」
「待たねえよ」

焦って上擦った私の声なんてお構いなしに、切り捨てて。
先生は、ちらりと肩越しに私を振り返ると。

「覚悟は出来てんだろうな、ナマエ?」

そう言って、準備室のドアを開けるなり私を中に放り込んだ。




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