505号室より愛を込めて[3]「…あ、の?」
前髪の間から、紫紺の双眸が至近距離で私を見据えている。
長めの黒髪がその表情を少し隠していたが、それでもどうやら怒っているらしいということは伝わってきた。
しかし如何せん、その理由が分からない。
ついでに、この行動の意味も分からない。
それらを纏めて訊ねた、あの、だったのだが。
土方さんから返ってきたのは、回答ではなかった。
「んぅっ」
何の予備動作もなしに、突然降ってきた唇。
キスをされている、と気付いた時にはすでに歯列を割られ、舌を絡め取られていた。
驚いて真っ白になった頭が、時間と共に少しずつ現状を把握し始める。
いくらこの部屋が空き部屋だとはいえ、ここは職場なのだ。
しかも両隣りには当然客室があって、お客様がいる。
こんな場所でだなんて恥ずかしすぎると、私は土方さんの肩を押した。
しかし土方さんは私の抵抗など物ともせず、あっさりと私の手首を掴み、左右それぞれをシーツに縫い止めてしまう。
そうこうしているうちに私は土方さんの舌に快楽を引きずり出され、ようやく唇を離された時にはすっかり息が上がってしまっていた。
「…ど、して…っ」
荒い息のままに、土方さんを見上げる。
天井を背に私を見下ろした土方さんはしばらく黙り込んでいたが、やがてゆっくりと口を開いた。
「…気に入らねえんだよ」
それは、怒気を含んだ低音というよりも、面白くなさそうな口調。
私は首を傾げる。
するとそれまで真っ直ぐに私を見下ろしていた紫紺が、ふいと外方にずれて。
「原田に頭撫でられて、喜んでんじゃねえよ」
バツの悪そうな、横顔。
その言い方がまるで、拗ねた子どものそれだったから。
思わず笑ってしまった。
「…てめえ」
今度は明らかに怒った声音だったけれど、今さらそれを怖いとは思わなかった。
むしろ、より一層笑いが込み上げる。
そんな私に焦れたのか、土方さんが再びぐい、とその端整な顔を近づけてきて。
「随分と余裕じゃねえか、ナマエ」
その直後、私の唇は再び土方さんの熱に塞がれてしまっていた。
撫でられたというよりも、あれは叩かれたに近かったのだけれど。
そんな些細なことで嫉妬してくれるなんて、と。
何だか擽ったくも嬉しい気持ちになった、その時だった。
不意に、土方さんの手が私の首元に触れて。
気がつけば、制服のスカーフをしゅるりと解かれていた。
「……え?」
そんな私の驚きなど気にも留めず、土方さんの右手が次の標的を定める。
ブレザーのボタンを外され、その手がカットソーの下から入り込んで来た。
「ちょっ、や、」
焦った私は何とか土方さんを押し退け、その唇から逃れた。
しかし土方さんは両脚で私の身体を挟み込み、逃がさないとばかりに唇を歪めた。
「ベッドと枕が恋しかったんだろ?」
そう言った土方さんは、まるで獲物を見つけた捕食者のようだった。
奥に燃え上がった焔をちらつかせた紫紺の双眸に貫かれて、固まった私の上。
その獣はニヤリと笑い、右手でネクタイの結び目を引き下ろした。
505号室の 販売不可:テレビ不良 が土方さんの真っ赤な嘘だったと知るのは、更にその三時間後の話である。
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