X-静寂に包まれて-[1]僕は、人を好きになったことがなかった。
まだ両親が生きていた頃を除けば、たったの1度も。
ずっと独りで生きていく。
もう大切なものなどいらない。
全てを亡くした日から、そう思って生きてきた。
だから当然、恋愛なんてした試しがない。
相手が勝手に付き合ってると勘違いしたり、無理矢理言い寄られたりということはあったが。
自分から誰かを好きになって一緒にいたことは1度もなかった。
そんなもの、必要なかった。
両親を殺された日から、僕はその仇を討つためだけに生きてきて。
怒り、憎んでウロボロスを追い続けた20年間。
それ以外の感情なんて知らなかった。
先日ようやく、ジェイクを倒して僕は20年越しの復讐を果たした。
天国の両親は、喜んでくれただろうか。
街は崩壊の危機に晒され、僕も含めヒーローたちは傷を負った。
大きな犠牲を払った。
だが、僕の心は今までになくすっきりしていた。
ようやく呪縛から解き放たれたような、そんな感覚だった。
今まで心の大部分を占めていた復讐という2文字が、突然消え去って。
代わりに広がった感情に、自分でも驚いている。
それは、1人の女性に対する好意だった。
それは生まれて初めての感情で。
僕の意思とは無関係に、いつだって頭の中は彼女への想いが支配していて。
とにかく、僕はナマエさんに会いたかった。
ジェイク事件から2週間。
ようやく退院の許可が出た僕は、真っ直ぐに職場へと向かった。
正確には、アポロンメディアのメンテナンスルームに直行した。
一緒に退院した虎徹さんに、いきなり仕事なんて真面目な奴とからかわれたが、もうこの際なんでもよかった。
ただ、1秒でも早く会いたかったのだ。
入院している間、もしかしてナマエさんがお見舞いに来てくれやしないかと期待していた。
だが実際には、そんなこと起こる訳もなく。
もう2週間も会っていないのだ。
走り出しそうな勢いでメンテナンスルームに向かい、自動ドアをくぐり抜ける。
するとそこには、待ち望んだ人の姿があって。
思わず、安堵の溜息を吐いた。
白いTシャツとジーパン。
見慣れた格好で、椅子に座る後ろ姿。
胸がきゅう、と詰まった。
名前を呼びたいのに、声が出なかった。
いつだったか、ファイヤーエンブレムに言われた言葉が蘇る。
ああ、これが恋なのかと。
生まれて初めての感情を、静かに受け止めた。
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