[49]祝賀
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十一月十五日。

保科です。
今日は、試合を観に来て下さってありがとうございました。久しぶりにあなたにスタジアムで観て頂いた試合は、初めて兄弟三人が正式に同じチームでプレー出来た試合にもなりました。今日の試合をあなたに観て頂けてよかったです。


アジア最終予選、第五戦。
日本代表はホームの埼玉スタジアムでサウジアラビア代表との試合に臨み、三対零で勝利を収めた。
保科にとっては、第三戦、第四戦に続き、三度目の予選出場。
彼女がこの予選を観に来てくれたの初めてのことだった。
チケットが取れたと嬉しそうに報告された時は、保科もあまりの喜びに黙り込んだほどである。
彼女の前で無事白星を飾ることが出来たことは、本当によかった。
生憎、彼女に直接会うことは叶わなかったが、あの客席のどこかから保科のプレーを見てくれていたのだ。
そう思えば、勝利の喜びも一入だった。
そして今日は、兄弟三人にとっても記念すべき日となった。
人生で初めて、三人が正式に同じチームの選手として同じピッチに立てたのだ。
昔から一緒にサッカーをすることは多かったし、東院時代、OBとして練習相手を務めてくれた満や聖也と同じピッチに立ったことはあったが、公式戦でチームメイトになれたのは初めてだった。
FWのツートップを務める二人を生かす攻撃の起点を、MFの保科が作り出す。
今日の三点は、奇しくも兄弟三人で一点ずつ取ったものだった。
先制点を満が、二点目を聖也が、そしてフリーキックで三点目を保科が取ったのだ。
五輪予選は常にプレッシャーの大きい重要な試合だが、三人、つい楽しくなってしまったほどだった。
満も聖也も、試合後の機嫌は最高に良さそうである。
保科自身、今日の試合は特別だと思えた。
さあ攻めてやると前を向いた時、常にそこに二人の兄の背がある。
その景色は、想像していた以上に保科の胸を熱くした。
何が何でも二人のいる前線までボールを運んでやると、思わされた。
大事な局面でつい笑いたくなってしまうほど、試合を楽しんだ。
こんな感覚は久しぶりだった。

文句なしの勝利に、メンバーたちの空気も明るい。
これが今年最後の試合だったということも、理由の一つだろう。
予選の半分が終了し、次の第六戦は期間があいて来年の三月だ。
今年の試合納めに相応しい、気持ちの良い勝利だった。
いつもは厳しい監督も、今日はどうやら皆に勝利の美酒を許してくれるらしい。
ミーティングの後、皆で飲もうという話になった。

宿泊先のホテルで、宴会場を貸し切る。
普段は節制しているだけで皆結構飲むのだということを、保科は初めて知った。
瓶ビールが凄い勢いで空いていく。
その賑やかな空気を、保科も楽しんでいた。
予選の前半戦が終了し、日本は四勝一敗。
まだ試合が半分残っていることを考えると決して油断は出来ないが、悲観する必要はない状況だ。
国内のサッカーファンは既にお祭り騒ぎだということは、今日のスタンド席を見れば明らかだった。
チームとしても個々としても、課題は多い。
明日をオフとして、明後日からはまた練習の日々だ。
だが今日くらい、と皆が気を緩めるのも分からなくはなかった。

「なぁに辛気臭い顔して飲んでんだ!」

バン、と背中を叩かれる。
不意を突かれ、ビールに咽せた。
背後から保科を叩いた、満の馬鹿力だ。
ひょいと左から保科の顔を覗き込んだ満の反対側、聖也が咳き込む保科の背中を撫でながら同じように顔を見せた。
兄二人に両脇を固められた保科を見て、真向かいに座っていたチームメイトが笑い声を上げる。

「相変わらず仲良いな、お前ら」

彼は、満と同じく海外組の選手だった。

「酒が不味くなるぞ、タク。もっと楽しそうな顔して飲めよ」
「いくら生真面目なお前でも、今日の試合内容には素直に浮かれたっていいだろ?」
「そうだそうだ。今日のMVPがしけたツラしてたら盛り上がるもんも盛り上がらねえだろうが」

そんなこともない、と保科は思う。
保科が代表に合流してから、約二ヶ月。
まだ互いをしっかり理解出来ているとは言わないが、少なくともチームメイトたちは皆、保科が羽目を外さない生真面目な堅物だということは既に知っていた。
その証拠に、保科がどんな顔をしていようがお構いなく、皆楽しそうに騒いでいる。
という反論を、保科は飲み込んだ。

「すみません」
「ったく、このクソ真面目め」

がしっと肩を組んできた満が、若干酒臭い。

「こんな感じで何も面白みはないが、ウチの弟はすげーだろ?」

酔っ払っているらしい満は、保科の近くに座っているチームメイトたちに話しかけた。

「今日のこいつは最高だったよなぁ、ほんと」

機嫌良く語り出す満に、保科は頭を抱えたくなる。
昔からそうだった。
満は、保科に面と向かえば辛辣なことばかり言うくせに、なぜか第三者を前にすると身贔屓が強くなるのだ。
しかもそれを、平気で本人の目の前でやるのだから、保科としては居た堪れない。

一点目も二点目も、こいつが敵からカットしたボールでシュートまで繋がった。
三点目のフリーキックを獲得したのもこいつだ。
そしてそれを見事に決めた。

自慢する気を全く隠さない満の話を、保科は聞こえない振りをしながら聞いていた。
酔っ払いにやめろと言ったところで意味を成さないのは重々承知している。
願わくば誰かが話題を変えてくれるといいのだが、生憎、なぜか常識人の聖也まで弟の自慢話に便乗していた。
流石にこの年で、兄にべた褒めされるのは気恥ずかしい。
チームメイトからの生暖かい視線が気不味さを助長させた。
そろそろ厠にでも逃げようか、と考えていた保科を、ポケットに入れたスマートフォンの振動が救う。
しかし、これ幸いとスマートフォンを取り出してその表示を見、保科は固まった。
早い。
メールの送信者は彼女だった。
まだ、保科からメールを送って一時間足らずだというのに、珍しくももう返してくれたのか。
保科は思わず緩んでしまった口元を左手で覆いながら、つい、その本文を表示させてしまった。
嬉しさのあまり、彼女からのメールは一人きりの時に読むという自分のルールを、つい失念していたのだ。


保科さん、お疲れ様です。
試合、最高でした!!今日の保科さんは最高に格好良かったです。あ、決して、いつもがそうじゃないって意味じゃないですよ?でも本当に、今日はなんというか、とにかく凄かったですね。一点目と二点目の起点になったカットとか、鮮やかすぎて、周りが凄く盛り上がっているのに私一人でぽかんとしてしまいました。目を奪われるって、ああいうことを言うんですね。そしてあの、粘りに粘って相手のファウルを誘ったドリブル。あの時は逆に声が枯れるほど叫びました。極め付けは最後のフリーキックですよ。もう、本当に綺麗でした。私、今ゴールを決めた人の友人なんですよって、隣にいた誰かも知らない人に自慢したくて堪らない気分になりました。もちろん自重しましたけど。とにかく、最高でした。酷い無茶振りなのは分かってますけど、ずっと観ていたかったです。
すみません、なんだかよく分からない感想になってしまいました。なにはともあれ、試合、お疲れ様でした。お兄さんたちと一緒にプレー出来て、本当に良かったですね。まだ途中なんだと思いますが、でも、夢の一部が叶った瞬間ですよね。みんな口々に、保科三兄弟が凄かった、って言ってました。私もそう思いました。お兄さんたちにも、よろしくお伝え下さい。私は今、自宅に戻ったところです。素敵な一日をありがとうございました。保科さんも、ゆっくり休んで下さいね。


「……お前、どうした?」
「なぁにニヤけてんだ?」

こうなるから、人前で、特に兄たちの前で読んではいけなかったのに。
保科は咄嗟にスマートフォンを膝の上に伏せた。
しかし画面は隠せても、緩んだ表情は誤魔化せない。

「お前、さては女だな?」
「あ!もしかして今日招待してたのか?!」

案の定、勘の良い兄たちがすぐさま真相に辿り着いた。
保科が招待したわけではなく、彼女が以前その理由を説明してくれた通り自分でチケットを取って観に来てくれたわけだが、この場合それは些細な違いでしかないだろう。

「今日のタクが神がかってたのはそれが理由か」
「お前も男だったんだなあ、タク」
「いえ、そういうわけでは、」

流石に聞き流せなくなって反論するが、果たして意味があったのかどうか。

「で、褒められて有頂天か。お前って実は単純だよな」
「いいじゃないか。満と違って可愛げがある」

兄たちの揶揄に、この場でメールを読んだことを後悔した。
だが、嬉しかったのだ。
それに、正直、期待していた部分もある。
きっと彼女は今日の試合を楽しんでくれただろうと、その手応えがあったから。
格好良かったと、そう言って貰えればいいと思っていた。
まさかこんなに絶賛されるとは、嬉しい誤算である。
それに喜ぶ姿を兄たちに見られたのは、はっきり言って大失態だが。

「ったく、そろそろ紹介してくれたっていいのになあ」
「全くだ。早く付き合っちまえよ」

保科がすでに告白済みであることを知らない兄たちが、好き勝手なことを言う。
保科は苦く微笑し、スマートフォンを握り締めた。



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