[48]挑戦
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八月二十一日

保科です。
昨日、五輪の全試合が終わりました。結果は、あなたもすでにご存知かと思います。メディアの反応を見る限り、恐らく上々の結果と言われているのでしょう。でも俺は、あなたに金メダルを見せたかったです。


グループリーグを一勝一敗一引き分けの二位で通過した日本は、決勝トーナメントに進出。
しかし、準決勝で後に今大会の優勝国となるブラジルに敗退した。
その後、三位決定戦で白星を挙げ、銅メダルを獲得。
日本の三位入賞は史上二度目、半世紀ぶりの快挙だった。
試合後、取材陣に殺到された保科にも、この結果が良しとされていることは伝わって来た。
大健闘の結果だと言われているらしい。
だが保科にとって、負けは負けだった。
いつだって欲しいものは一番だ。
キャプテンとして、このチームを頂点に立たせたかった。
保科にはもう二度と、五輪でリベンジを果たすことは出来ない。
悔しい敗戦となった。

ブラジルは強かった。
五輪に年齢制限があるということはつまり、出場選手の殆どが同年代ということになる。
それなのに、経験の差を見せ付けられた気がした。
生まれ持ったフィジカルの違いだけではない。
ボールをまるで自らの脚の延長のように扱う技術は、二十年間サッカーを続けてきた保科から見ても、まるで魔法のようだった。
大層な名称のある技術ではない。
ただボールを蹴り、止める、その基本の動作一つひとつが、一分の隙もなく常に完璧だった。
そういった細やかな積み重ねが、あのチームに金メダルを獲らせたのだ。


五輪、お疲れ様でした。全試合、テレビで観ていました。日本は今、五十二年ぶりにメダル獲得の快挙を達成した男子サッカーU-23の栄光、と大盛り上がりです。でもきっと保科さんは、そうは思っていないんだろうな、と思っています。金でなければ、って。
素人目線ですが、私にとって、試合は素晴らしかったです。たくさんの感動を貰いました。特に、三位決定戦で保科さんのロングシュートが決まった瞬間なんて、涙が出ました。本当に凄かった。とても格好良い、キャプテンでした。きっと保科さんは自分を認めないんだろうなあと思うので、代わりに私が二人分、最高だったと言わせて下さい。本当に、最高に格好良いプレーでした。お疲れ様でした。
気を付けて帰って来て下さいね。


帰国前に、彼女からメールを受け取る。
保科はその内容を諳んじることが出来るようになるほど、繰り返し何度も読んだ。
嬉しかった。
彼女はいつの間にか、保科のことを本当によく理解していた。
保科だって、分かっているのだ。
自信過剰でも何でもなく、自分たちは良くやったと言われる結果を残した、それは事実だった。
だから普通は、賞賛するのだ。
実際、各方面から保科に届くのは、おめでとうの言葉ばかりである。
だが、彼女はその言葉を用いなかった。
保科が全く満足していないことを、知っているのだ。
銅メダルを授与され、この色ではないと保科が拳を握り締めたことを、彼女は分かっている。
彼女は、保科の無念を汲み取ってくれた。
その上で、彼女の想いで保科の尽力を包み込んでくれた。
キャプテンとしての使命を果たせなかったと己を責める保科の分まで、保科のことを認めてくれた。
だから、彼女には敵わないのだ。
甘やかされている、と保科は思った。
恐らく彼女に、その意図はないのだろう。
だが保科はいつも、彼女の優しさに守られ、甘やかされている自分がいることを実感せずにはいられなかった。
いつからだろう。
彼女と連絡を取り始めた最初の頃は、ただ試合を観て貰えるだけで嬉しかった。
彼女に凄いと言われた、その一言に驚いた。
その時に初めて、彼女に認められると喜ぶ自分がいることを知ったのだ。
それが今や保科は、彼女に否定されないことを無意識のうちに前提としている。
彼女ならきっと自分のことを理解してくれると、傲慢にもそう思って甘えている。
年下の、己よりも小さな女性なのに、こうしてまるで抱き締めるかのように、保科の心を癒してくれる。
味方でいてくれる。
彼女のそういうところを、とても好きだと思った。
彼女は自らの意思を強く持った人で、思ったことをきちんと言葉にすることが出来る。
だが、決して他人を否定しないのだ。
常に他者を思い遣り、尊重する。
それは彼女の美点の一つだと、保科は思った。

彼女の優しさに触れ、誰にも共感を得られなかった悔しさを認められ、保科は再び走り出す。
まだ立ち止まる時ではない。
確かに五輪への出場は二度と叶わないが、世界を相手に戦う舞台が終わったわけではない。
まだ、もっと、この先へ。

そんな、次の挑戦を求めた保科のもとにA代表の招集が掛かったのは、帰国した翌日だった。
今度はユースではない。
正真正銘の日本代表、SAMURAI BLUEだ。
それは、来月から約一年をかけて行われる、W杯のアジア最終予選に参加することを意味していた。

一次予選、二次予選を勝ち上がった計十二チームを、六チームずつの二組に分け、ホーム・アンド・アウェーでの二順総当たり戦。
各組上位二チームが、再来年に開催されるW杯本大会への出場権を獲得する。
一年という長い期間をかけて計十試合に臨む、世界最大規模の予選だ。

グループBに振り分けられた日本の初戦は、九月一日、ホームの埼玉スタジアムからスタートする。
帰国後早々に、保科は代表チームと合流した。

「お、来た来た!」
「おかえり、タク!」

そしてそこで、思わぬ再会がある。

「満兄!聖也!」

二人の兄もまた、代表に招集されていたのだ。
ついに保科三兄弟が同じチームに揃った瞬間だった。
勿論、三人ともが同時にピッチに立てるかどうかは、まだ分からない。
長く続く予選はW杯の出場権を獲得するための戦いであると同時に、その本大会のメンバーを決めるための選考期間でもあるのだ。
予選期間中は代表に招集された選手たちの中から入れ替わりで十一人のチームが組まれ、それぞれが自分をアピールするチャンスとなる。
選手たちは皆、チームとして日本の本戦出場権獲得を目指しながら、個人としてその大会の出場メンバー枠をめぐって競い合う。
特に、同じFWというポジションの満と聖也は分かりやすくライバルだった。
誰にもこのポジションを譲るまいと切磋琢磨することが、結果的にチーム全体を強くするのだろう。
そして当然保科にも、多くのライバルがいる。
保科は、ボランチとして代表メンバーに選ばれたかった。
だが同時にそのポジションは、チームの司令塔を意味する。
必ずしもそのポジションとキャプテンがイコールになるわけではないが、どうしても、チームの年長者がボランチを務めることは多い。
チームの主軸となり、ゲームメイクを担うのだ。
技術力の高さだけでなく、優れた戦術眼、統率力、精神的安定感、チームメイトからの信頼、様々なものが要求される。
招集された選手たちの中では若手の部類に入る保科には、技術云々を抜きにしても狭き門だった。
だが、ようやくここまで来たのだ。
いつか三人で同じチームでプレーしよう、そして世界の頂点に立とうと、幼い頃に兄弟三人で誓ったあの日から、もう二十年近くが経った。
やっと、その夢を叶えるチャンスが掴めそうなのだ。
保科の目から見て、満と聖也は二人揃ってFW陣を牽引していた。
勿論監督の構想次第ではあるが、間違いなく、予選のうちに何度も出番があるだろう。
身内の贔屓目なしに、そのまま最終選考に残る確率も高いように思えた。
あの二人がもし、ツートップとしてピッチに立つならば。
彼らを生かし、後ろから支える役目を、他の誰かに譲るわけにはいかなかった。



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