[45]祝福
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五月十八日。

保科です。
先ほどフランス入りしました。こちらは日本よりも涼しく、むしろまだ寒い方です。
間もなく、まずはグループリーグが開幕し、日本は二十一日から一日置きで四試合に臨みます。全て格上のチームとの試合になりますが、勝ちを取りに行きたいです。


三月のポルトガル遠征、四月の強化合宿、そして先日の親善試合対ガーナ戦を経て、U-23日本代表はフランス入り。
ユースのナショナルチームによる、トゥーロン国際大会に出場する。
ポルトガルでの遠征試合、先日のガーナ戦共にキャプテンとしてチームを率いた保科は、この大会にも招集され、引き続きキャプテンを任されることになっていた。
十番を背負っての、司令塔を担うワンボランチだ。

今年のトゥーロン国際大会では、十チームを二つの組に分けたグループリーグがまず行われ、それぞれの一位チームが決勝戦を、それぞれの二位チームが三位決定戦を行う。
グループリーグは総当たりのため、勝敗に関係なく四試合が約束されており、五輪への調整としてはもってこいの大会である。
だが勝負としては、一試合でも負けた時点で優勝はない。
この大会で過去一度も優勝経験のない日本としては、今年こそその栄光を掴みたかった。
特に今年は、AFC U-23選手権優勝という、日本サッカー史上初の快挙が年始に成し遂げられたばかりである。
国中が、五輪前のこの試合に注目していた。


おはようございます。いや、こんばんは、かな。
トゥーロン国際大会、いよいよですね。日本では、全試合が全国中継されることになりました。それだけ注目度が高いということですね。以前、私は特別にサッカーが好きなわけではない、なんて言いましたけど、こうして世間が盛り上がっているのを実感すると嬉しくなるあたり、どうやらいつの間にか随分とサッカーを好きになっていたみたいです。これも、保科さんのおかげですね。全試合、日本では深夜の放送になるので、リアルタイムで観ることが出来そうです。テレビの前で応援していますので、怪我のないよう気を付けて下さいね。
それと、時差の関係でまだ少し早いかもしれませんが、誕生日おめでとうございます。


翌日に届いたメールを見て、保科は驚いた。
誕生日。
なるほど確かに、つい今し方日付が変わって十九日になっている。
だが保科には、彼女に自身の誕生日を明かした記憶がなかった。
彼女の誕生日も、前々から知りたいとは考えているのだが、きっかけが掴めず未だ聞けていない。
彼女はどこで、保科の誕生日を知ったのだろうか。
初めて彼女に誕生日を祝われ、それは全く想定していなかった事態のため、保科は嬉しい驚きに頬を緩めた。
今年最初の祝いの言葉を彼女から貰えたことが、素直にとても喜ばしい。
勿論、家族やチームメイトに祝って貰えることも充分に有難いが、好きな女性に祝われるのはまた特別だということを保科は今初めて知った。
どこで日付を知ったのかは分からないが、普通、ある一定の好意や興味がない相手の誕生日を祝おうとは思わないだろう。
彼女にとっての保科は、少なくとも誕生日を祝おうと思える存在になれたのだ。
まだ一方的にその姿を見ることしか出来なかった頃のことを思えば、それは飛躍的な進歩だった。

想いを告げてから、約二年半。
彼女からの返事は未だない。
それが気にならないと言えば嘘になるが、保科に自ら現状を変える気はなかった。
中途半端で曖昧だが、だからこそ許されていることがある。
毎週送り合うメールも、その一つだろう。
彼女に否という答えを出されれば、もうこのやり取りは出来なくなる。
望み得る最高の結末は彼女に好きだと言って貰うことだが、現状に不満があるわけではないのだ。
むしろ今だって、充分に彼女からの特別を貰っている。
試合を観て貰えて、応援して貰えて、彼女のことを教えて貰えて、彼女の作品も貰って。
それだけで、保科は幸せだ。
だからこの関係を壊すことは出来ない。
答えを催促する気もない。
あの時彼女に告げた通り、保科は何年でも待つ気でいるのだ。
その想いは今も変わっていない。

関係を変える気はないが、せめて誕生日くらいは聞いてもいいだろうか。
保科はようやくきっかけを貰った気がして、返信のメールで彼女の誕生日を訊ねた。
彼女が何でもないことのように教えてくれたその日は、七月一日。
そうか彼女は夏生まれなのかと、保科は妙に納得した。
彼女を知ったばかりの頃は、大人びていて凛々しい印象が強かったが、最近ではそれはあくまで彼女の一面であり、実は彼女はよく笑うとても明るい女性だと思っている。
そんな彼女に、夏生まれのイメージは似合う気がした。

保科はついでに、なぜ彼女が保科の誕生日を知っているのかも聞いてみたが、答えは単純明快だった。
曰く、検索すれば載っていた、だ。
それはそうだろう。
保科は、ユース日本代表にも招集されている、プロのサッカー選手だ。
インターネットで検索すれば、何千何万という単位で結果がヒットする。
中には、保科の誕生日が載っているものも多いだろう。
彼女は保科の誕生日を調べることに苦労しなかったはずだ。
保科はどうしても、未だこの感覚が馴染まなかった。
確かに最近、特にベストイレブンに選出され日本代表に招集された辺りからメディアへの露出も増えたが、保科としては、やっていることはずっと変わらない。
ただサッカーをしているだけである。
だから、若き天才司令塔、などという大仰な肩書きを偶然見かけ、その下に自分の名前がセットになっていてもいまいちピンと来ない。
保科には、自身がそれなりに有名であるという自覚があまりなかった。
実際、いくらサッカーが国内で人気のあるスポーツになってきたとはいえ、ユニフォームさえ着ていなければ街を歩いて人に気付かれるということも滅多にない。
知名度や人気度というものに関心のない保科は、いつまで経っても、一方的に自分のことを知られるという状況に違和感を覚えるのだ。

だが、たまにはいいこともあるものである。
彼女が誕生日を祝ってくれたのだ。
どこぞの捏造記事などどうでもいいが、彼女に保科の誕生日を教えてくれたウェブサイトには感謝したい。
保科は、誕生日をどこで知ったのかと訊ねた自分に対して、有名なのに全然自覚していないんですね、と返されたメールを眺めながら、口元を緩めた。



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