[22]下心
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六月下旬。
保科が天皇杯二回戦にスタメンで出場し、本チーム入りしてから初めて公式戦でゴールを決めた、その週の末。
東京から、嬉しい報せが届いた。
正確には保科自身がネットで調べたのだが、インターハイの予選が終わり、東京代表の二校が東院と聖蹟に決定したのだ。
それは保科が望む最高の結果だった。
スマートフォンに表示された結果を見て、保科は一人、喜びを噛み締める。
保科が共に戦ったチームメイトが最後に東院を率いる年であり、彼女にとっても最後の年となる一年。
東院だけでなく、どうしてもインターハイには弱い聖蹟も全国出場を決めたことが嬉しかった。
もしかしたら、昨年度の選手権優勝校ということで、今年は大型新人が多く入部したのかもしれない。
選手権とは異なり、インターハイの期間は保科もシーズン真っ最中のため観戦には行けないが、遠く離れた地から彼らの健闘を祈った。

予選決勝の翌日、石動からは得意げな報告のメッセージが届いた。
今度こそ全国を獲ってやりますよ、という、彼らしい強気な文面。
石動が、今年のキャプテンだ。
保科は誠実に、応援している旨と、怪我には気を付けるようにという忠告を添えて返信した。

そんな母校の勢いに押されるようにして、七月、保科はついにトップチーム入りを果たす。
これで名実共に、満のチームメイトになれたわけだ。
満はまたもや遅いと文句を言ったが、歴代で見ればかなり早い一軍入りだった。
保科自身はあまりそれを認識していなかったのだが、世間が放ってはおかない。
保科拓己の知名度は別としても、満はサッカーファンに人気のある選手の一人だったし、何よりも実の兄弟で同じチームに所属するというのは話題性がある。
いくつかの取材依頼が舞い込み、これも仕事だと思ってくれと、広報担当の指示で数件のインタビューに応えた。
勿論、兄弟二人で、である。
といっても、保科は殆ど何もしていない。
保科自身も取材慣れはしているが、慣れていることと得意であることは全く別の話だ。
こういうことはコミュニケーション能力の高い満の独壇場で、保科はただ、聞かれたことに対して生真面目に答えるだけ。
あとは満が、相手に求められている対応を上手く察して適切に処理してくれた。


「お前なあ!もうちょい自然に笑えよ、タク!」

その日も、とあるサッカー雑誌の取材を受けていた。
インタビュアーを交えた二人の対談と、数点の写真掲載。
堅苦しいものではなく、むしろ大衆向けの、娯楽要素が強い取材だった。
恐らく一般的には、その方が気楽だと思われる取材内容だが、保科にとってはむしろ逆で、最も苦手とするタイプの仕事である。
保科としては、定型文で答えられる形式張った取材や、もしくはプレーの内容について専門的に語るような取材の方がやり易いのだ。
私生活や個人的なことを問われるゴシップ要素の強いインタビューは、性に合わないというか、どう答えていいのか分からず戸惑うことの方が多い。
保科は、自分のことを語るのが昔から苦手だった。
さらに、カメラの前で笑えと言われてしまってはもうお手上げだ。
取材後、満に叱られるのも仕方ないだろう。

「すみません。不徳の致すところです」

撮影中、上手く取り成してくれた満相手に頭が上がるはずもない。

「ったく……まあいいさ。お前がモデルみたいに笑ったら、むしろその方が怖いからな」

不器用な弟を小突いた兄は、そう言って凝った肩を解すように腕を伸ばした。

「それにしてもお前、趣味も特技もサッカーで、日課はトレーニングって。他にもう少し面白い回答はなかったのかよ」
「サッカー選手にそれ以外の回答を求める方が、無理がありませんか」
「俺はちゃんと別の回答を捻り出しただろうが」
「……それは、確かにそうですが」
「あとあれだ、学生時代の思い出もサッカーの話だったろ。もうちょい、相手が求めてるようなことを答えてやれよ。この際、適当に脚色したっていいんだ」

並んで歩きながら、満の小言は続く。

「そりゃ、お前にとっちゃ理解不能だろうが、スポーツ選手も芸能人の一種なんだ。一般人にとっちゃ、テレビに映って雑誌に載ってるタレントだ。ちょっとはファンサービスってもんを意識しろよ」

ボールを蹴ることだけが仕事ではないと叱られ、保科は殊勝に頷いた。
満の言わんとすることを、保科とて頭では理解しているのだ。
仕事である以上、自分のやりたいことばかりやればいいというものではないし、プロの選手としてチームと契約している以上、プレーで貢献するのは勿論のこと、こういった広報的な活動もこなさなければならない。
そう分かってはいるのだが、なかなかどうして、上手く立ち回れるものでもない。
愛想笑い一つ出来ない不器用さを、こういう時に恨めしく思った。

「とは言ってもまあ、お前はそれでいいのかもな」
「どういう意味ですか?」
「ん?そのまんまの意味さ。お前は多分、その不器用さが丁度いい」

首を傾げた保科の隣で、兄は笑う。

「人間、なんでも完璧だと却って反感を買うもんだ。サッカーが上手くて顔もいいくせに、話がくそつまらん。意外とバランスが取れてるよ、お前は」

褒められているのか貶されているのか、保科の複雑な心境を、満は正しく理解したらしい。
さらに笑いながら、保科の背中を強く叩いた。

「フォローなんていくらでもしてやれる。お前はとにかく、プレーで魅せろ。お前の話は最高につまらないが、お前のサッカーは最高に興奮するよ」

どうやら、あまり素直ではない褒め言葉だったらしい。
そう理解し、保科は頷く。

「精進します」
「ったく、本当につまらん返しだな!」

つまらない、と言いながら、兄はやけに楽しそうに笑った。


そんな調子で、保科の長男と三男がセットになったインタビュー記事が何冊かの雑誌に載り、世間を僅かに賑わせた。
期待の新人として、保科が単独で受けた取材もいくつかある。
保科は、確かにこの手の仕事を不得手とするが、決して断りはしなかった。
勿論、上からの指示を断るという選択肢がなかったというのが一理だが、保科自身が渋ることもなく苦手な取材を受ける理由のもう一つは、自分でも呆れるほど浅はかな下心である。
サッカー関連の取材を受ければ、それが彼女の目に触れるかもしれないと、その可能性に期待しているからだ。
もう随分と長い間、彼女と顔を合わせていない。
保科自身は今年の頭、一方的に彼女の姿を見ているが、彼女が保科を認識したのは一年半前が最後のはずだ。
もしかしたらもう、忘れられているかもしれない。
だが、偶然でも何でも、雑誌を見てそこに保科の姿を認めれば、思い出してくれるのではないだろうか。
ホテルの部屋で話したことを、サボテンを持って見舞いに行ったことを、共に試合を観戦したことを。
そんな浅略で以って、保科は取材を受ける。
兄には口が裂けても言えないと、保科は思った。


リーグ戦を戦っていると、時折、懐かしい顔を見かけることがある。
保科が東院時代に対戦した、ライバルたちだ。
まずは当時、十傑と呼ばれていた面々。
水樹に、犬童、平、碇屋、加藤、高木、砂山、そして相庭。
それ以外にも、保科の卒業以降にプロ入りが決まった選手たちが数名。
馴染みのある選手と試合会場で再会した時、保科からは基本的に目が合えば目礼する程度だが、相手から話しかけられれば状況の許す範囲で会話には応じた。
まるでかつての戦友に接するかのように話しかけてくる者もいれば、敵意を剥き出しにしてくる者もいるし、一切関わろうとしない者もいる。
考え方は皆様々で、保科は余計な波風を立てないよう、相手に合わせるようにしていた。
流石に、水樹が保科の顔を見て「会ったことがある気がする。けど、忘れた。誰だっけ?」と話しかけて来た時は若干苛立ったが、あれは怒ったら負けだろう。
保科は懇切丁寧に自己紹介をした。
犬童や平辺りは、随分と親しげに話し掛けてくる。
反対に、碇屋や高木辺りは視線すら合わせようとはしなかった。
保科としては、誰と話したいわけでもないし、誰と話したくないわけでもないので、それで構わない。
水樹の、真面目に受け取れば屈辱的な挨拶も、早々にそういうものだと割り切った。
だが一人だけ、保科がその再会に際して平常心を乱された相手がいる。
それが、元聖蹟の大柴だった。
彼が三年生の時点でプロ入りを決めていたことは知っていたので、試合で対峙したとて驚きでも何でもなかったのに、その姿を聖蹟が優勝した選手権以来初めて見た時、保科は動揺した。
瞬間的に、大柴に抱き上げられた彼女の姿が脳裏を過ぎったからだ。
咄嗟に、相手チーム側のサポーター席に目を凝らしたほどだった。
勿論、仮に大柴が彼女と交際していて彼女が応援に来ていたとしても、ピッチから見上げて見つけられるような状況ではないが、そうせずにはいられなかったのだ。
大柴は保科の姿を認めるなり、ふん、と鼻を鳴らした。
好意的でなかったのは、保科としては幸いだ。
大柴自身について何か思うところがあるわけではないが、生憎、にこやかに握手出来る相手ではなかった。
本当に、彼女と付き合っているのか。
しかしそんなことを聞けるはずはないし、聞きたくもない。
だが同時に、知らないという状況に焦燥感は募る。
その日大柴のチームに勝てたのは、保科の煮え立った内心に対するせめてもの慰めになった。



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