[13]仲間
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そしてまた、練習と試合を繰り返す日々が続く。
リーグ開催中は基本的に、毎週末が試合だ。
夏には、保科はMFとしてレギュラーの座を不動のものとし、毎試合にスタメンとして出場した。
監督からはボール捌きの技術に加え、粘り強い走りでチームを牽引する力強さを買われているようだ。
キャプテンにも、近いうちにキャプテンマークを譲ることになりそうだと冗談交じりに言われ、保科は恐縮した。

そして、リーグ戦も終盤に差し掛かった、十月。
保科はチームの上層部に、来季からの本チーム入りを打診された。
一年以内に上がって来いという満の期待に、無事応えられたわけだ。
保科がそれを満に報告するよりも先に、満の方から話題にされた。
どうやら、本人よりも先に知っていたらしい。
その後保科が東京の聖也にも連絡すれば、聖也もすでに知っていた。
聞けば、満から電話があったらしい。
つくづく末っ子に甘い兄たちだと、保科は頬を緩めた。

保科が来季の契約を決めた頃から、東京では選手権の二次予選が始まった。
インターネットとは便利なもので、大阪にいても、トーナメント表や試合日程がすぐに分かり、試合結果もほぼリアルタイムで更新される。
今年の選手権予選、東京四強は、Aブロックに聖蹟・東院、Bブロックに桜高・天王洲という、昨年の選手権予選と全く同じ分かれ方をした。
どちらも順当に行けば、それぞれ決勝で当たることになるだろう。
保科は四週間、毎週末自分の試合の後にスマートフォンで試合結果を確認した。
東院、聖蹟共に白星を挙げ続け、ついに両校がぶつかる決勝戦。
東院対聖蹟という昨年と同じカードは、保科にとっても複雑な一戦だった。
後輩たちに、また全国に行って欲しいと思う。
今年のインターハイは惜しくも二回戦敗退、相手を考えれば充分によく戦ったと保科は思うが、本人たちは決して満足していないだろう。
三年生にとっては最後の大会だ。
全国制覇を狙うラストチャンスを、是が非でも掴んで欲しい。
だがそれは同時に、聖蹟が負け、彼女の献身がまた報われないことを意味するのだ。
いっそ彼女が東院のマネージャーをしてくれていればよかったのにと、そんな荒唐無稽なことを考えたくなるくらいに、この対戦は気持ちの寄せ方が分からない。
応援しているのは東院だが、彼女に笑ってほしいという願いもまた保科の本心だった。
だが結局、当事者でない保科の葛藤など何の関係もなく、試合は選手たちの手によって結果へと辿り着く。
選手権都予選、Aブロック決勝。
白星を飾ったのは、聖蹟だった。

十二月の頭に、Jリーグはその年の試合を全て終える。
保科のチームの結果は、J3で五位。
チームとしては、過去最高位を記録した。
十二月はその後、クラブワールドカップや天皇杯の準決勝等、特別な試合が続くが、保科たちには関係ない。
本チームに所属し、天皇杯の試合が残っている満よりも一足早く、保科はオフシーズンを迎えた。
と言っても、試合がないだけで、やることは普段と変わらない。
練習、練習、そして練習だ。
だが、天皇杯の試合を見届けたら、一度東京に帰るつもりだった。
十二月二十三日に、大阪で天皇杯の準決勝がある。
自分が所属するクラブの、本チームの試合だ。
そしてその結果によっては、一月一日の決勝に、チームは駒を進める。
それを見逃す手はない。
満も恐らくスタメンだと言っていた。
保科は、同じクラブにいてもなかなか生では観られない兄の試合を、楽しみにしている。
そして、それが終われば、東京に帰省しようと考えていた。
その頃東京では、選手権の真っ最中だ。
初戦は大晦日だが、一日の夜の新幹線に乗れば、二日に行われる二回戦には間に合う。
東院は出場しないから後輩たちの応援にはならないが、聖蹟の試合を観に行きたかった。
いや、もう正直に認めてしまおう。
一目でいい。
彼女の姿を見たいと、思ってしまったのだ。
臆病な保科に、堂々と聖蹟のグラウンドを訪ねることは出来なくても、試合会場でベンチに立つ彼女を見つめることは出来る。
まるでストーカーみたいだと自分でも情けなく思ったが、一年振りなのだ。
そしてまた、次の一年間はそんな機会には恵まれない。
選手権の全国大会が、一年でたった一度の機会なのだ。
その誘惑に、保科は勝てなかった。


オフシーズンでも、相変わらず練習は厳しい。
だが試合がない分、精神的な疲労度は軽減された。
チームメイトも普段より和やかで、今季のリーグ戦でそこそこな成績を収めたからか、チーム内の空気が随分と明るい。
今のうちに忘年会だと、皆で食事にも行った。
保科は決して社交的とは言い難い性格だが、そうした集まりが嫌いなわけではない。
東院時代、自分がいては気を遣うだろうと、後輩たちがいる集まりにはあまり顔を出さなかったが、皆が賑やかにしている姿を見るのは好きだった。
保科も含め未成年が多いため、完全にノンアルコールの食事会というか男ばかりの盛大な焼肉食べ放題だが、約三十人の集まった座敷は大盛り上がりだ。
スポーツ選手とは基本的に節制の日々である。
たまにこうして欲求を解放し騒ぐ時間が必要なのだろう。
サッカーから離れてみれば、皆、十代後半から二十代前半の、普通の若者たちだ。
会話だってきっと、その辺りの高校生や大学生と大差ない。
好きなゲーム、面白かった漫画、昨日見たテレビ、親や兄弟の話。
そして、好きな女性の話。

「でさ、お決まりのアレだよ。私のことよりサッカーの方が好きなんでしょ!って。もう聞き飽きたね」

最近恋人に振られたという男の嘆きに、周囲の人間の多くが同情を示した。

「めっちゃ分かる」
「高校ん時俺も言われたなあそれ」

なるほどそういうものなのかと、保科は黙ってその会話に耳を傾けていた。
そういえば満も、いつだったか同じような理由で恋人に別れを告げられていた気がする。
土台が違う以上比べようもないだろうに、女性はそういうことを気にするのだろうか。
彼女も、そうなのだろうか。
当て嵌めて考えたところで意味などないと分かってはいるが、今の保科が恋愛に関する話を聞くと、どうしても想像上の相手に彼女を選んでしまう。
哀しい男の妄想だ。

「お前は?タク」
「何がだ?」
「彼女、いないのか?そういう話したことなかったけど、お前格好良いしモテるだろ」
「……いや、俺は特にそういうことは、」

上手い返しなど思い付かず、正直に否定した。

「嘘だろ、その顔でモテないなんて俺は信じないね」
「いやいや、タクだぜ?この堅物は女にはハードル高いってきっと」

そんな保科を置き去りに、周囲は勝手に盛り上がる。
保科が女性に好かれるか否か、本人そっちのけで議論している光景に、保科は苦笑した。

「告白をされたことがないわけではないが、あまり興味もなかったし、サッカー以外に割く時間もなかったので、いつも断っていた」

素直に情報を付け足せば、なぜか呆れたように笑われる。

「あーーー、うん、お前はそういう奴だよ、タク」
「らしすぎて逆に面白いわ」
「もったいねーなあ、イケメンなのに」

顔が良いという意味だろうが、保科にはよく分からなかった。
生憎、人の顔の美醜にはあまり関心がない。
そんな中で、保科が綺麗だと、可愛らしいと思うのはたった一人だけだ。

「じゃあ、タクから好きになったこともねーの?」
「………一人、だけ」

彼女だけは、保科の特別だ。

「え?!今なんて言った?!」
「オイ、話の流れおかしくないかお前?!」

突然、皆が割り箸を置いてテーブルに身を乗り出してくる。
無意識のうちに、保科は少し仰け反った。

「なんだよ!興味ないとか言っといて、好きな奴いるんじゃないか!」
「今もか?!今も好きなのか?!」

そんなに食い付かれることだろうかと、保科はチームメイトの勢いに目を瞬かせる。
自分が女性の話をするのはそんなに意外なのだろうか。

「うん」

よく分からないまま、とりあえず聞かれたことに答えれば、場が一瞬の沈黙の後により一層騒がしくなった。
誰だ、どこの子だ、写真は、と、矢継ぎ早に質問が飛んで来る。
余計なことを言ったかもしれないと気付いた時にはもう、手遅れだった。

「……特に、皆が面白がるような話はない。俺が一方的に好きなだけで、彼女にとって俺は殆ど他人みたいなものだ」

自分で説明しておいて胸に突き刺さる台詞だと思いながら、保科は烏龍茶の入ったグラスに手を伸ばす。
しかし口を付ける前に、グラスを持った手を横から力強く掴まれた。

「タク、お前、諦めんなよ」

隣を見れば、先程までとは打って変わり、どこにも面白がる様子のない真剣な瞳にぶつかる。

「事情は知らない。だから、無責任に上手くいくとかそういうことは言えない。でも、クソ真面目なお前がそういうことを言うなら、それは本気なんだろ?だったら、簡単に諦めたら駄目だ」

ああその通りだと、周囲の同意する声が聞こえた。

「弱気になるなよ、我らがルーキー!来年からお前はJ1の選手だぞ!」

それとこれとは、正直、何の関係もない。
だが純粋に、そう言って自分を励ましてくれるチームメイトの存在が、保科にはとても有り難かった。
だから思わず「うん」と頷けば、キャプテンに髪を掻き回された。



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