[3]疑問
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「あ、タクさん帰って来た」
「おっせーーよ」

保科がホテルを出て駅に向かうと、浦と石動が待っていた。

「………先に帰っていていいと、念を押したはずだが」
「なーに言ってんすか水臭い!寂しいでしょ、一人で帰るのは!」
「いや、別に……」

いつもと同じように言葉を交わしながら、ホームに向かう。

「……そうか」
「あ、感動してる?!感動してるぅ?!」
「亜土夢。今日と明日のチケット代、千六百円」
「な、何言ってんすか!おごりでしょ?!ここは先輩が出すでしょ普通!!」
「そういうのは関係ない。こういうことはきちんとする」
「かたい!!かたいなーーもう!!」

相変わらず騒がしい後輩と、呆れたように笑う同級生。

「それより約束の時間だろ」
「うん、遅刻はよくない」
「受験生は大変ですよねー」

電車に乗り込み、今日の試合内容について意見を交わしていれば、目的の駅にはあっという間に着いた。
学校近くのファストフード店に入れば、約束通り、海藤が一人、テーブル席で参考書を広げている。

「見たかったなーー!やっぱり聖蹟が勝ったか!あそこに競り勝つのは凄いな」

各々注文を済ませて席に着き、石動が早速今日の試合結果を報告すると、海藤は目を輝かせた。
スポーツとは不思議なもので、自分たちに勝ったチームには、その後負けてほしくないものだ。
他人事だからこそ、このまま優勝してくれと、そんな身勝手なことを少し考えたりする。
普段は自分たちの試合以外にあまり興味のない保科も、今回ばかりはその感覚を抱いていた。
そもそも、去年までならばともかく、次がない今年に関して言えば一層、わざわざ試合を観に行く必要なんてなかったのだ。
後にJリーグでマッチアップするであろう水樹の偵察と言えば筋は通るが、正直、それよりも試合の反省をいかして練習するべきだったとは思う。
だがやはり、今日の試合を観て良かった。
そして明日も、観に行こう。
水樹の成長、彼女の戦術、聖蹟のサッカー。
きっと興味深いものが観られるはずだった。

「先輩も来ればよかったのに!」
「そんな余裕ねーだろ」
「まあ正直、一浪二浪は覚悟してるけど親がなぁ、心配かけたくないしさー」

何よりも、スタンドで応援すると約束したのだ。
保科は、それがどれほど些細なものであったとしても、交わした約束は決して違えない男だった。

「ところでタク、」

三人の会話を他所にハンバーガーを囓っていると、不意に海藤に名を呼ばれる。

「お前さっきまで、女と会ってた?」
「……うん、会ってた」

なぜ分かったのだろうかと、保科は不思議に思った。
どこに行くとも、何をしに行くとも、言っていなかったのに。
昔から海藤は時々、こうして直感的に物事を言い当てる。
保科には理解出来ない、不可思議な能力だった。

「ええ?!なんすかそれ?!」
「誰と?!」

一瞬沈黙した石動と浦が、なぜか大声で騒ぎ出す。

「くそーー!これだからイケメンは!!」

身に覚えのない文句を言われて戸惑っていると、海藤が妙に穏やかな顔で笑った。

「そうかー、タクにも春が来たかあ」
「春はみんなに来る」

そもそも、まだ年が明けたばかりだ。
暦の上での季節はともかくとして、春を体感するのはまだもう少し先の話になる。

「確かにそうだな。でも、タクにとってはようやくだろ?」
「すまない、海藤。意味が分からない」

何が、ようやくなのだろうか。
首を傾げた保科に、海藤はくすくすと楽しげに喉を鳴らして、なんでもないよと笑った。



そして、翌、一月三日。
聖蹟対梁山、十四時キックオフ。

保科は浦と石動と共に、再び試合会場に足を運んだ。
約束通り、スタンド席に腰を下ろす。
だがそこには、予想外の光景が待っていた。

「聖蹟のベンチ……いない……」

なぜか、昨日は監督と並んで立っていたはずのマネージャーの姿が、今日はどこにもなかったのだ。
何かあったのだろうか、保科は考える。
今日の戦略を練ったのは、主に彼女だ。
試合の流れを見て、その場で分析し判断して、柔軟に対応していくのがベストだろう。
それなのに、この大事な一戦でベンチ入りしないとは。
彼女のこれまでの姿勢からして、来ないということは考えられない。
ならば、来られない事情があると、考えて然るべきだろうか。
その事情とは、たとえば何だ。
保科が考え込んでいるうちに試合が始まったが、そこに広がっていたのは、昨夜保科が彼女から聞いていたものとは異なるフォーメーションだった。
保科の胸が、妙に騒めく。
しかし試合を観ているうちに、やはり今日の戦術にも彼女が絡んでいることは自ずと明らかになった。
まずは、大柴のDF。
話を聞いた時は随分と勝率の低い賭けに思えたが、そのはまり方は付け焼き刃ではなく、随分と以前から用意していた策だということが伺えた。
東院のデータにある大柴の性格からは考えられないようなプレースタイルだ。
一体いつの時点で、彼女はこのフォーメーションの必要性を認識していたのだろうか。
さらにハーフタイム明けの臼井と君下のボランチ、あれも意外性のある有効な手だった。
この、固定観念に囚われないスタイルが、聖蹟の強みの一つであることは間違いない。
大胆な策を講じる彼女の肝っ玉が据わっているのか、それとも、監督の決断力か。
そして何よりも、あのゲーゲンプレスだ。
必要とされるいくつもの厳しい条件を全て満たすことでようやく機能する、聖蹟にしか出来ない戦術。
あれは見事としか言いようがなかった。
後半、三点差を詰めた怒涛の追い上げと、アディショナルタイムの決勝点。
聖蹟は、常勝無敵と謳われた梁山を激戦の末に打ち破り、ベストエイト進出を果たした。



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